倉澤奈津子さん

倉澤奈津子さんは、6年前に右肩から腕を切断した方。まだまだ謎の多い幻肢痛について、お話を伺いました。倉澤さんの幻肢の特徴は「体の中に入っている」こと。驚くのは、存在していないものについて話しているのに、質問すると迷いなく答えが返ってくること。上げたり下げたりすることもできるそうです。

インタビューを行ったのは、倉澤さんが最近ルームシェアを始めたお部屋のリビング。ルームシェアの相手である若きデザイナー/リサーチャーの竹腰美夏さんにも参加していただきました。必然、リビングは義手開発のラボにもなります。単なるハイテク信奉とは違う、竹腰さんの技術観も興味深いです。

Interview & Text by ito asa /   GraphicRecord by shimizu junko

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 倉澤奈津子さんプロフィール

Mission ARM Japan理事

2011年に骨肉腫で右腕を肩から切断。がん患者で作った「患者会上肢の会」を2014年にNPO法人化する。コミュニティ活動を軸に、自らの欲しい肩をつくるために「肩パッドプロジェクト」をプロデュースしている。

竹腰美夏さんプロフィール

デザイナー/リサーチャー

1992年北海道札幌市生まれ。2016年Misson ARM Japanに参加。「納得のいく身体をFabする」をテーマに、上肢障がいを持つ人のボディイメージや独自の身体性を考察し、義手・身体のデザインを行う。

特定非営利活動法人 Mission ARM Japan

2014年6月に設立。上肢身体障害者(児)を対象にコミュニティー活動を行い情報交換の場を提供し、そこで得られる情報を元に、義肢装具や障害者向けの商品を扱う専門業者などに企画提案、開発支援を行い、上肢身体障害者(児)のQOL(生活の質)を向上させ福祉の増進を図ることを目的としている。また、いまだ解明されていない幻肢痛などの後遺症の研究機関や、義肢装具の研究開発機関などと情報交換し、医療や保健の今後の発展に寄与することを目指している。

6年間の変化

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伊藤 お二人はここで一緒に生活をされているんですよね。

竹腰 シェアハウスを初めて、1ヶ月半くらいになります。昨日も夜遅くまで話してましたね(笑)

伊藤 生活と開発を一緒にやるというスタイルにもとても興味を惹かれるのですが、まずはお一人ずつ、個別にお話を聞かせてください。

 倉澤さんは、いま右の肩から先を切断されて6年目ということですよね。

倉澤 はい、先週の金曜日で6年目が終わって7年目に入りました。

伊藤 7年というのは、長いですか?短いですか?

倉澤 病気(骨肉腫)であと5年と言われていたので、そこが目標でした。それを過ぎて、ここ1年くらいはおまけという感じもあり、変化してきたなという気がします。たとえば人前でご飯を食べるときに、以前は手を添えられなくて食べにくかったのですが、7年経つと習得して、小学校1年生というか、「わたし、上手に食べれてるな」と思えるようになってきました。もともと右利きだったのですが、今は左で食べれています。

伊藤 お話されていても、左手で自然に身振りが出ますね。

倉澤 もともと身振りをしながらしゃべるタイプだったんですが、両手じゃないからいやだなみたいな気持ちがあって、上を向かないでしゃべっていました。でも訴えたいことがしっかりしてきて、左手も動くようになり、生活に少し自信が持てるようになってきたかな、というのがあります。不安で不安でしょうがなかったのが、この1年でぐっと上がってきました。

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伊藤 ご自宅を出てここで生活するようになったことも、自信がついたことと関係していますか。

倉澤 そうですね…Mission ARM Japanの活動を充実させたいというのと、活動の開発メンバーに女性がいなかったところに竹腰さんが入ってきて、住んでみたら、家族でも分かってもらえないようなことをすくいあげてくれるなと思いました。ここ一ヶ月くらい、自分のことをかなり言葉にできるようになってきました。結構厳しく、「それどういう意味?」みたいに言ってくるんですよ(笑)

竹腰 倉澤さん、よく主語がないんですよ(笑)

伊藤 厳しいですね(笑)

   体の状態も、この6年間で変化はありましたか。

倉澤 最初は、支給された装具の右肩が重くて、体がゆがんでいたかもしれません。自分で分からないなりに作った装具をつけても、しんどくてしょうがなかったんです。痛いというわけではないんですが、なんか落ち着かない。それが、いろいろ研究して、肩パッドを開発していった結果、なんとなく体が嫌がらなくなって、自分の芯が真ん中に来た感じがします。それで体が楽になりました。

伊藤 最初は傾いていたんですね。

倉澤 みんなに言われましたね。首や背中も痛くて、長時間出かけていることがしんどかったです。今は大丈夫になりました。

 筋肉のつき方も変わって、右の背筋が、背骨の横のところで盛り上がってきました。全然違いますね。背筋が腕の代わりのようになっているような気がしますね。それから肋骨の一本一本も、右のほうがしっかりしてきました。切断していない左の方が、筋力がついてムキムキになるとお医者さんには言われていたんですが、それよりも切断した右の方がしっかりしてきました。それから足も変わりました。それだけ踏ん張っているのか、足の裏の角質が硬くなるところも変わってきました。なんで右側ばっかりなんだろう、という感じですが。

伊藤 リサーチのなかで、左右のバランスが変わるタイプの障害に出会うことがしばしばあります。片方聞こえない、片方見えない、といったタイプです。体が左右対称でなくなると、バランスのとり方や空間の感じ方も左右対称でなくなってきますね。

倉澤 夜に肩パッドをつけないでウォーキングに行くことが多いのですが、この前のゴールデンウィークに、1、2歩出たら走りたくてしょうがなくなったんです。前はきっと右側をどうするか、ということを考えていたんですが、重心が真ん中に来て、前に出たくてしょうがなくなった。それで足が前に勝手に出るようになった。走る用の靴ではなかったので、次の日から足首が痛くて痛くてしょうがなかったんですが(笑)、二日目も三日目も、走ろうという気持ちになりました。今はストップがかかってウォーキングも禁止になってしまっているんですが(笑)

伊藤 面白いですね!左右という軸で気にしていたのが、前後の軸が出てきたんですね。前へ前へって。

倉澤 前向きになっている自分に拍車がかかるみたいな感じで、走りながら自分でも嬉しくて嬉しくて仕方なかったです。

伊藤 「重心」と「衝動」って深く関係していると思うのですが、意識する方向が変わってきたんですね。

倉澤 そうですね。むしろ無意識に、「いやだ、つかれた」と下向いて丸くなっていたのが、なくなってきたように思うんです。研究している肩パッドのせいかもしれません。接地面が少ないので、体が自由に動かせる、ひねれるようになってきたんです。いきなりそうだったら曲がった体になっていたかもしれないんですが、段階を経て、5年目、6年目でこういうふうに軸ができて軽くなったのがよかったのかなと思っています。

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胴の中に埋まっている幻肢

伊藤 とらえ方としては、肩と腕というのは別ものという感じですか。

倉澤 別ですね…。肩は、ないと洋服が落ちてしまって気になります。だから、肩パッドがあると、やるべきことに集中できる。今着けている肩パッドは首回りからパッドが少し見えてしまってもデザイン的に大丈夫なので、それほど気になりません。腕は、義手があるとどこにいっちゃったかなというのが逆に気になってしまいます。

伊藤 なるほど。肩パッドは、でも、自分の肩だという感覚とは違いますよね。どんな感じでしょうか。

倉澤 幻肢痛で、腕の存在は感じていて、それが肩までつながっている感じはあります。だから、ここに肩があるという感じはします。触ると感じないだけで、視覚効果で、肩パッドの肩を自分の肩だと意識していると思います。肩はもともとそんなに動くパーツじゃないので、感覚とか操作性があまり問題にならないのかもしれません。

伊藤 確かに肩は、とても役に立っているけど、意識的に使う場所ではないですね。これがない状態、というのはイメージしにくいです。

倉澤 ショルダーバックを肩パッドをした右の肩にかけるのですが、落ちたときに気がつかないんです。肩に感覚があれば、落ちそうになった段階で直すと思うのですが、気が付かずつるんと落ちてしまう。あ、感じないままなんだよねって。

伊藤 なるほど。実は落ちないように肩がフォローしているわけですね。

 両肩に力を上に引き上げると、どんな感じですか。

倉澤 あ、やっぱり自分の肩を感じていますね。幻肢を感じている、ということなのですが。触らなければ、自分は肩がないという意識がないですね。

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伊藤 肩甲骨はありますか。

倉澤 肩甲骨離断という形なので、肩甲骨はないです、鎖骨も半分までです。肩の筋肉は残っています。だから、幻肢を上げるということで、肩も上がる感じがするんです。

伊藤 なるほど。今、幻肢が上がっているんですね。

倉澤 上がっています。ただ、なぜか腕を前に出すことができないんです。後ろには肘を引くことができるんですが、なぜか前には行かない。腕を後ろに引こうとすると、肩甲骨を寄せている感じがあります。高さは、肩より上には行かないです。ただ、手の部分が、体から出ないんです。日によって手の位置が違うことがあります。

伊藤 手が体の中にあるんですか!しかも日によって位置が変わるんですね。

倉澤 胴の中のところにいますね。毎朝目がさめると、手の位置を確認して、その位置を楽しむ感じです。あ、今日はここにいる、みたいな。雨の時や台風が来ているときなどはビリビリして痛いのですが、日頃は、今日はここだな、と確認しています。

 メンタルというより、疲れや気候の影響が大きくて、痛みの度合いが高くなります。そうすると、何をやっても痛みが勝っちゃう感じで、しゃべっていても集中できない時があります。痛みが主張してきます。可動域はあまり変わらないような気がします。

 あとは首の骨を触ると、メーターが上がるみたいな感じでピッと幻肢が痛みます。持病の頚椎ヘルニアの影響もあるかもしれません。

伊藤 なるほど。その幻肢の手には、指はあるのですか。

倉澤 あります。ただ、三つに分かれています。「親指」「人差し指と中指」「薬指と小指」の三つです。

伊藤 はっきり三つだと分かるんですね。

倉澤 分かります。いつも痛くて痺れているのは、「薬指と小指」です。全体的に、外側が痺れています。親指を自分でおかしな方向に曲げて痛がらせているみたいな感じです。誰かが指を持って動かしているのではなく、自分で親指を動かして「いや、違う、その方向は行かないんだけど…」みたいな感じです。

伊藤 自分で動かせるんですね。

倉澤 自分で動かすというより、指が変な方向になっちゃって、「誰がやってるの?痛いからやめて〜」という感じです。

 人差し指と中指は存在感として感じています。ぼわーんとした太い感じです。2本だけが大きくて、自分の意思で動かすことはできないです。腫れていて動かない感じ。正座したときの痺れのような感じです。

伊藤 どうして、「指3本」ではなくて「親指/人差し指と中指/薬指と小指」と指がくっついたものだと分かるんですか?

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倉澤 動かせないからです。二本が離れられないという感じがあります。

伊藤 動くかどうかが重要なんですね。

 拍手のような両手を使うイメージは持てますか。

倉澤 たいていは手が体の中に埋まっているので、何かを一緒にやるというのは難しいですね。

伊藤 なるほど。胴の中に入っているというのは不思議ですね。

倉澤 三角巾で吊っている感じですね。手術前の一ヶ月、折れて抜けないように、ずっと三角巾で吊っていたんです。痛くてこの状態で生活していたので、最後の記憶なのかなと思ったりします。

伊藤 なるほど。でも三角巾で吊っていたのと、体の中っていうのは、似ているけれどちょっと違いますよね。ポケットに手を入れている感じに近いんでしょうか。

倉澤 埋まっているのかな…自分のボディを感じてみると、あ、やっぱり埋まってますね。

伊藤 (笑)確信を持って分かるのが面白いですよね。

倉澤 同じような幻肢の人で、体の中に入っている日と前に出ている日がある人がいるんですが、私は前に出ないですね。

 いま、話をしていて幻肢を意識しているので、肩凝りというか、肩まで主張していますね。幻肢が1.3倍くらいに大きくなっていますね。

伊藤 意識すると大きさが変わるんですね。

倉澤 そうなんです。ときどきハルクみたいに大きくなって、体をはみ出るんじゃないかと感じます。弾けて肉片が飛ぶんじゃないかというくらい腫れたりすることもあります。前はよくそういうことがありましたが、今は減りましたね。

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伊藤 それは辛そうですね。

倉澤 ときどき唸ってうずくまることがありますね。「大丈夫ですか?どうしたらいいですか?」って声かけてもらうんですが、幻肢なのでどうしようもなくて(笑)。

伊藤 たとえば5分くらいじっとしていると治まったりするものなのですか?

倉澤 痛みの逃し方みたいなのがあるんですよね。脳が痛さにびっくりしているので、「落ち着いて、落ち着いて」となだめて慣れさせる感じですね。

伊藤 となると、幻肢の形じたいは、6年間であまり変わっていない感じでしょうか。

倉澤 そうですね。形は変わっていないのですが、痛みの感じ方の説明ができるようになりました。最初は慣れていなかったので、「今日は痛みが大きい」「小さい」という表現しかできなかったんですが、幻肢痛の仲間と話すようになって、私の場合は幻肢はこうなっている、と言葉にしたり痛みを数値化できるようになったんです。

伊藤 足を切断した人と話すこともありますか。

倉澤 ひとりだけ、知り合いでいますが、手を切断した方が仲間には多いですね。高齢者の場合には、消えている時間と痛い時間があるようですが、30代—50代くらいの人は、常に痛くて悩んでいらっしゃるようです。

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義手をつけたら

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伊藤 これから幻肢がなくなったらどうですか?この前、手の記憶をなくすようで寂しいとおっしゃっていましたが。

倉澤 いま義手を作る手続きをしています。それができたら視覚効果で幻肢はなくなっていくのかなと思います。自分の中での手の感覚がなくなり、触ったときも感覚がなくてただの物体になったときに、どういう感じなのかな、と思います。喪失感みたいなものがあるのか、それとも見た目の手ができてうれしくなるのか。複雑になるかもしれない。

竹腰 かつての手のように操作できないと、幻肢が消えないんじゃないかなと思うんですよね。

倉澤 肘から先を切断した人で、幻肢痛がひどいという人は、電動義手をつけて自分の意思で動かすと、感覚がなくても、脳はだまされてくれるのかなと思います。肘から上を切断した人は、電動義手があまり使えないので、脳をだませないのかなと思います。それができたらいいとも思いますが、複雑です。

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伊藤 体を内側から感じるのか、外側から感じるのか、というのは面白い問題ですね。以前、二分脊椎症の方にインタビューをしたときに、下半身は感覚がないので純粋に外側からのみ感じていて、上半身とずれがあるという話がでました。ただ、下半身をケガしているのに目で見て気がつくと、痛みのようなものを感じることがあるようで、上半身の内側からの経験が、下半身の現象を理解するときに使われているのかもしれない、と。

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倉澤 面白いですね。それを聞いたら早く義手をつけてみたくなりました(笑)。

竹腰 倉澤さんの場合は、最初親指が変な方向に曲がっている義手をつけておくといいかもしれないですね。それを見て、痛いのは当然だと思ってから、直していく。

倉澤 幻肢を形にしてそれを動かすということはやってみたくて、とりあえず体の中から出したいんですが、うまくいかなくて、どうにも頑固なんですよね。

伊藤 体の中に入っているというのは、そもそも見えないので視覚効果を使いにくいですね。

倉澤 いきなり義手をつけると、右腕が二本あるような感じになると思います。最初は曲げて体についた状態にしておいて、そこから少しずつ前に出していくといいのかな、と思います。

伊藤 ふつう、リハビリではそういったことを丁寧にやっていくものなんですか。

倉澤 当時ミラーセラピーという治療法の情報が出始めたばかりだったので、あまりよくわからずにやった記憶がありますが、丁寧にはやりません。切った直後からきちんとリハビリをやっていけば、幻肢痛も改善されるのかなと思うのですが、メカニズムが解明されていないので、リハビリの方法も確立されてないようです。

伊藤 ただ、義手がついたとしても、動作はすでに左手だけでできているわけですよね。

倉澤 両手で何かをしていた、という記憶はもうあまりないですね。たとえばクリアファイルに書類を入れる、というときに、両手がなくてもどかしいとは感じないです。何かをしようとしたときに「手が出る」という感覚がないというか。左手でやってできないというイライラはあっても、右手何してるの、という感じはないですね。片手でどうしようか、という発想になる。病院にいたときから、その切り替えはあった気がします。

竹腰 義手がついたらじゃまかもしれないですね。

倉澤 義手は文鎮がわりかな。紙をおさえてくれたりする、便利な物という感じになるんじゃないでしょうか。

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伊藤 動作をしようと思ったときの準備が変わってきてるんですね。

倉澤 肩からないと義手は重く感じてしまって使うという意識がいかないのかもしれないですね。この前気がついたんですが、私は脇の下がないんですよね。脇の下が残っている方だと、いろいろ使えるです。脇があればはさむことができるので。

伊藤 あごと肩で挟むのはどうですか。

倉澤 左の肩で電話を挟みますね。仕事に復帰しようと思ったときに、電話しながらメモが書けるように練習しました。

竹腰 電話ができるお仕事モードの義手があったらいいかもしれない(笑)

倉澤 欲しいな。作って!(笑)

パラメータじゃないニーズ

伊藤 いま、義手のデザインとしては他にどんなアイディアがあるんですか。

竹腰 いろいろアイディアを出してます。一番優先順位が高いのは、すごく軽い義手を作っている人がいるので、それをつけられるようにするための肩パッドです。いまの義手はこんな感じの付け方になっています(写真)。

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伊藤 肩パッドの中は空洞なんですね。

竹腰 いまはもうちょっと肉厚にしています。壁に押し付けてつけるので、積層しているところが避けてきちゃうんです。

倉澤 いまつけているものは、ぎゅっと触ると、筋肉感というか、より自分の肩に近い感じがします。

伊藤 こうやって見ると、肩ってとても微妙な形をしてますね。内側がちょっとへこんでいたりしますね。

倉澤 最初は布製のものを使っていたので、へこみがうまくでなくて、肩の形の細部まで再現できていなかったのですが、今使っているものは、左の肩をスキャンして、そのデータを反転させて3Dプリンターで作っているので、自分なんですよね。

 義肢装具士さんが義手を作ってもらっていたときは、石膏で型をとって、壁に紙を貼ってシルエットをとっていくような作り方でした。肩を壁に押し付けているので、緊張した状態の肩ができあがってしまう。そうすると、一息入れようとしてはーっと力を抜いたとしても、右肩が前に丸まらないんですよ。常に肩のつくりものを意識していました。3Dプリンターで作ったものは、肩甲骨のほうまであって、柔らかい素材なので一緒に動いてくれるように思います。肩を丸めて休めています。

伊藤 竹腰さんは、これまでに何個作っているんですか。

竹腰 6個くらいです。最初は、HACKberryの腕の長さを調節できるアプリを作ろうと思っていたんです。HACKberryのソースコードや基板、3Dデータはオープンソースになっているんですが、断端の長さは人によって違うので、容易に腕部分の3Dデータの長さが調節可能になれば良いと考えた訳です。それより前、学部のときにはプロダクトデザインを専攻していて、3Dプリンターでギブスをつくる研究をしていました。パラメトリックにギプスの大きさを変えられるようなシステムを試作しました。でも、学内でやっていて、実際のところはどうなんだろうと思っていたんです。それで人づてにMission ARM Japanの義肢装具士さんを紹介してもらって、初めてMission ARM Japanの2016年4月の定例会に参加しました。そうしたらこの団体としての雰囲気に惹かれてしまって、ここで何か活動したいな、と思うようになりました。

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竹腰 当事者の人と話しているうちに、その人にとって欲しい義手や身体は人によって違うんだな、それは数値では表せないものなんだな、ということに気づきました。それで、ひとつひとつ、小さな欲求にしぼって、それをFabって、いっぱいいっぱい作るようになりました。たとえば立食パーティーのときに皿を乗せられる義手(写真)とかを作りました。パラメータじゃないニーズに移っていったんです。

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伊藤 なるほど。パラメータじゃないニーズ、すばらしいですね。

竹腰 純粋なエンジニアではなく、デザイン工学を学んできた人間なので、ニーズを聞いてある程度形にして考えていく、ということができるのが自分のいいところかなと思っています。機能を突き詰める方向のエンジニアリングもあると思うんですが、もうちょっと微妙な論点を形にしていくというのも結構難しくて、私はそこをやる人です。

伊藤 そうですね。エンジニアは機能的な精度をあげていく方向を目指しがちですが、それがニーズにあっているかどうかは別問題ですよね。

竹腰 HACKberry自体も大好きで、作ったエンジニアの方も尊敬しているんですが、「おまえはアンチHACKberryだ」と言われます(笑)。それは否定ではなくて、プロセスの違いなんです。今作られている電動義手が目指すのは、リアルな手の機能だと思うんです。リアルな手の機能はいっぱいあって、それを全部実現するのはこれから何年もかかると思うんですが、私はそのうちひとつでもいいから、「立食パーティー用の手」とか「ファッション用の肩」とかいった機能を、まず形にしていきました。HACKberry的なやり方がダメだというのではなくて、別のやり方でとりくんだだけです。いずれは一致するかもしれないなと思っています。

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伊藤 この前のHaptic Design Meetup vol.2のプレゼンでも、実際に使う本人もニーズが分かっているわけではないから、形にしてみると、具体的なシチュエーションがイメージされて、ニーズが掘り出されてくるという話をされていましたね。

竹腰 前もっていただいていた、「身体と技術の望ましい関係は?」という質問に対する答えは、「選択肢がある」ということなのかなと思います。たとえば倉澤さんだったら、最初は布の肩パッドを使っていたところに、私が「3Dプリンターで作った肩パッドもありますよ」とチラつかせた(笑)。そうやって技術について情報提供したことによって始まったプロジェクトでした。手術の直後は、義手を作るのにどの長さにするか、くらいしか選択肢がなかったのに、だんだん増えていきました。選択肢が多いほうが豊かになると思います。選択することを繰り返し、どんどん試作して形にすることによって、ニーズも具体的になっていきます。

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伊藤 選択肢って、往々にして自分で気づけないところにありますよね。人から言われて「あ、そういうやり方もあるんだ」って。

竹腰 選択肢を広げるためにも、当事者も積極的に調べることも大事だよねっていう話を倉澤さんとしていて、「患者力」と呼んでます(笑)

倉澤 無知で、もらったものを「いらない」と言って押入れにしまうのではなくて、「なぜそれがいらないのか」ということをちゃんと言えるようにならないと、欲しいものにたどり着けないんですよね。自分でもいろいろ勉強して、いろんなことを聞いたから、ここまで来れたのかなと思っています。

伊藤 竹腰さんにとって倉澤さんはどんな存在ですか。

竹腰 障害、という感じではなくて、倉澤さんは倉澤さん、倉澤さんのシェイプはこれ、という感じです。倉澤さんの引力に引き寄せられたところもあります。引力で引き寄せられた人がたまたま肩がなかったという感じ(笑)。こういう、永遠のテーマをもっている人のそばにいたら、私はそのテーマにそってものづくりをすれば、何か面白いことが起きるなという感じがあります。

2017年8月8日@2人のシェアハウス兼ラボにて

鄭 堅桓(チョン ヒョナン)さん

CIDPという難病を抱えるチョン ヒョナンさん。コップをとるにしてもティッシュを渡すにしても、意識してやろうとすると手があばれ出してしまいます。そんな体を、チョンさんは「どもる体」だと言います。チョンさんとお会いしたのは、2月に講師として参加したこまば当事者カレッジにおいてでしたが、そのときから、彼の体の法則性のなさ、それを眺め観察する目線、痛みとの向き合い方、すべてにおいてその深みにすっかり魅了されてしまいました。同時並行で行なっている吃音研究にも大きなヒントをいただきましたし、痛みについては、ウェブ春秋の連載にも書かせていただきました。

Interview & Text by ito asa /   GraphicRecord by shimizu junko


鄭 堅桓(チョン ヒョナン)さんプロフィール

1970年千葉生まれの在日朝鮮人3世です。12年前に慢性炎症性脱髄性多発神経炎発症(CIDP)を発症。元看護師で現在は専業主夫です。在日で難病と障害者といった自分のダブルマイノリティーの特性を生かして時々病院や学校等で話をさせてもらっています。


痩せていく手、痺れと痛み

伊藤 この前「こまば当事者カレッジ」でお会いして、ほんの数分お話しただけだったのですが、チョンさんの体の状況と、それに対するチョンさん自身の関わり方に、研究者としてものすごく惹きつけられてしまいました。

 

チョン 状態としては、筋力がとても少ないです。手で言うと握力がなくて、いい時で、右の握力が20kg、左が13kgくらいなんです〔成人男性の標準的な握力は45-50kg〕。症状としては、全身の抹消に痺れがあります。症状が出た順に強さがあって、右足、左足にはっきりした痺れがあります。それから手に関してはうっすら痺れを感じるくらいです。あとは顔ですね。顔面にも痺れがあって、右半分はほとんどないですが、左半分が痺れています。

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伊藤 痺れているイコール感覚がないということですか?触ったときは感じますか?

 

チョン 触られると感じます。いつもジンジンしている感じです。あとは痛みがずっとあります。それと筋肉が痩せていて、僕の場合は、どんなに筋トレしても筋肉自体が復活しないんです。抹消にかけて筋痩せしていて、足底部がもうほとんど筋肉がない感じです。

 

伊藤 進行性でどんどん痩せて行くんですか?

 

チョン 再発する病気なので、2ヶ月に1回は病院に通っています。入院は今は一年に1回、前は2回でした。僕の感覚としては、治療しながらゆっくり下っている感じです。再発すると、握力がだんだんゼロに近づいていってしまいます。背中にいつもだるさがあるんですが、その重さが、いい時は赤ちゃん1.5人分くらい、5kgくらいです。これが再発して、病気が遊びだすと、重さがどんどん増えて、寝ていても上から押されて動けなくなっちゃいそうになる。そうならないように、そうなる前に入院しています。

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伊藤 最初に発症したのはいつですか?

 

チョン この病気になってちょうど12年です。病名としては、慢性炎症性脱髄性多発神経炎(chronic inflammatory demyelinating polyneuropathy: CIDP)という舌を噛みそうな名前なのですが、神経を覆っている膜の部分、電線で言うと銅線を覆っているゴムの部分が、はがれちゃってむき出しになっている状態です。患者数としては日本で2000人くらい。症状もひとそれぞれで、一回の症状で治っちゃう人もいれば、僕みたいに再発しちゃう人もいる。その差が診察までの時間や神経の傷つき度合いによって変わってくると言われています。

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チョン 僕は当時看護師で、診療所で働いていた時に、往診などをしていると腰がすごく痛くなってきたんです。もともと腰痛持ちだったので、またヘルニアが悪さし始めたのかなと思って診察してもらいました。そうしたら実際にヘルニアが出ていたので、牽引をしたり、薬を飲んだりしていました。でも徐々に痺れや、足の膝が急にカクンとなることが多くなって、走れなくなりました。そういった症状が出たり出なかったりということが続いて、それでもがんばって仕事をしていたんですが、だんだん身体が硬くなってきて、靴下を履くのもしんどくなってきました。上半身に症状がでてきたんです。注射のアンプルカットもきつくなってきました。それで「あれ?」と思って、頚椎を調べたんですが異常がなくて。

その頃、同じく看護師をしている妻が働いている病院に移ることになりました。そこから一気に症状がひどくなって、座っていられなくなりました。仕事中なのに疲れて眠ってしまったり、記録が書けなくなってきたんです。そうしたら、ベテランの看護師さんが、「この手、おかしいよ」って言うんです。筋肉が薄い、って。一度神経内科で診てもらったほうが良いと言われて、受診したら、腱反射がいっさいなかったんです。それで、これは自分の体に異常が起きているんだということが分かって、即入院でした。どんどん自分ではどうにもならなくなり、全身が痛く、なんとかしてほしいという感じでした。ほとんど寝たきりみたいな感じになっちゃっていたんです。

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チョン 夫婦ともに看護の仕事をしていて知識があるので、筋ジスじゃないかとか、いろいろ頭をめぐりますよね。だから、その間は一切パソコンには触れないようにしていました(笑)。それで入院していろいろ検査しているうちに、医師どうしでCIDPじゃないか、と聞いたここともない病名を口にしてるわけですね。一度、家に帰ることがあって、そのとき調べてみたんですよね。そうしたら、療法がなく、治らないと書いてあった。それは古いサイトだったんです。それで病院に戻ったら、確定診断がついて、たまたま同じ病気の患者を診たことがある先生がいて、そこで治療ができることになり、いまはとりあえず、限られた治療法のうちのひとつをやっているという感じです。免疫グロブリンを投与する治療でした。一本3万円する薬を60本投与するんです。3万円くらいという値段は知っていたんですが、数年前に保険対象になったと知って、じゃあ大丈夫だな、とかいろいろ考えながらでした。

最初は全然変化がなかったのですが、同時にステロイドも大量にやるんですが、三日後くらいから、体が軽くなって、起きられるようになりました。しびれと手に力が入らないという症状はとれない。ただ、医師の説明では「徐々に治るから」という話でした。異動して来たタイミングで発症したので、焦りがあって、本来なら1、2ヶ月休んだほうがいいんですが、2週間で復帰しました。健康な自分を知っているぶん、「これで大丈夫、行ける」と思ったんですが、家に帰ったとたんにみごとに打ち砕かれました(笑)。

今でも覚えていることがあります。入院しているあいだ、家族もストレスが溜まっているだろうから、と知人が花火大会に連れていってくれたんですね。それでジプロックの袋に料理を入れていったんですが、その袋がまず開けられないんです。ジプロックは今でもだめで、横にひっぱるのがこそばゆくて、全然力が入らない。「なんじゃこりゃ」という感じです。それからつまもうとしてもつまめない。震えで力が入らなかったんです。転倒することも多くて、自分で起き上がれませんでした。痛みもありました。

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チョン 入院生活はベッドと平坦なところしかなく、日常生活とはまったく違うんですよね。自分が看護師としていつも患者さんに伝えていたことなんですが、自分がいざ体験してみると、こんなにも落差があるのかという感じでした。自分の体が変わってしまったことにショックを受けました。今考えると、当初は、使えば使うほど、神経自体が生き返るんじゃないかと思っていたんです。脳梗塞で早期リハビリが重要であるように、です。でも全然そこも変わらなくて。神経を傷つけるので筋トレはできなかったんですが、日常生活を送っていくうちに戻るだろうと思っていた。それでどんどん不安になっていって、自分のなかでエスカレートしていきました。

また再発したとき、1回目が効果があったので、治療に期待したんです。ところが何も変わらなかった。それで先生に、「あまり希望を持たせるようなことを言わないでほしい」ということを伝えたら、「今の段階では治るのは厳しい」と言われました。「もしかしたら車椅子生活になるかもしれないけれど、自力で歩行ができたらラッキーじゃないの」と。それで現状維持をしていくことになりました。本当は看護師が、患者さんとリハビリと医者が一緒に話すカンファレンスとかをセッティングしなければいけないところを、ぼくが自分で調整してやっていました(笑)。自分で自分を看護する感じですね。

リハビリは、家族のこともあるし、震えをとめて注射を打てるくらいにはなりたいと思っていてやっていました。ところが、うちの奥さんが変わり者で、最初の入院のときに、僕に「病気になってよかったね」と言ったんんです。今まで、僕は障害や差別の問題と関わりながらいろいろな活動をして、紆余曲折経て看護師になりました。その過程を踏まえて、奥さんは「このぐらいやっとけよ、ということなんだよ。箔がついてよかったね」と。それで、悩みも全部ふっ飛ぶ感じがしました。これに何の意味があるのか考えろ、ということなのかな、と。僕はもとに戻ることを考えていたけれど、家族は「もう治らない、無理だからやめろ」という感じだったんです。看護師になることが、当初の生き方としては目的じゃないんだから、そこに何を見出してるの、みたいな問いかけをずっとされていました。それで、リハビリも、じゃあこの震える身体で生活するにはどうしたらいいか、という考え方に変わりました。

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法則性のない動き

チョン リハビリの人が困っていたのは、僕の法則性のない動きなんです。右に麻痺があるからここをこうすればよくなる、とか、そういう理屈が僕には通用しないんです。それがすごく悩みのタネになりました。

 

伊藤 その法則性のなさには、手が急に動いたり、といった、不随意運動が突然出るようなこともありますか。

 

チョン あります。足はとくにぴょんと跳ねたり、膝がかくんとなったりします。あとはずっとハイヒールを履いているような感じなので、常にふらついています。手に関しては、左手の人差し指一本で自分の鼻を触ろうと、手が途中でふらふらしてしまい、それ以上近づけません。でも人差し指と中指の二本でやると、ちゃんと鼻を触れます。逆に右手は、人差し指一本だと触れるのに、二本だとふらふらしてしまって触れません。

 

伊藤 えー!法則性ないですね(笑)

 

チョン たとえばご飯を食べるときにも、利き手の右で箸を持つと持てるんですけど、スプーンは持てないんです。でも左手だと、箸も持てるんです。

 

伊藤 不思議ですね。右手で箸を持つときは、箸を開こうとせず、持っただけでふらついてしまう感じなんですか?

 

チョン そうです。

 

伊藤 使おうとすることをイメージすると、震えるということではないんでしょうか?

 

チョン ぼくの場合は、「とろう」とか「やろう」とかいう意識が働くと固まっちゃうんだと思うんですよね。

 

伊藤 そのことと、箸とスプーンの違いがどう関係しているんだろう…

 

チョン そうなんですよね。同じ物を持つ行為自体は変わらないのに、何が違いになっているのか…こういうことは多々あります。

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伊藤 指三本で鼻をさわるとどうですか?

 

チョン 三本はダメですね。

 

伊藤 指全部でさわろうとするとどうですか。

 

チョン 全部開いていると、右も左も安定感があって大丈夫ですね。グーでも大丈夫です。細かい動作がだめですね。

 

伊藤 指と指のあいだの腱の連動も関係しているんでしょうかね。

 

チョン たぶんそうだと思います。いろいろリハビリの人についてもらったのですが、7人目の人がとても面白くて、動かすときの伝達物質自体も、人より出たないんじゃないか、と言われました。だから、連動するときの動きに遅れが出たり、いっぺんに情報が送れなくて変な動作になってしまうんじゃないか、と。

昨日、インタビューの質問事項を読みながら、いろいろ試していたんですが、両腕を上にバンザイすることはできるんです。でも下ろせない(笑)。下りないんです。ばたばたしちゃう。でも片方の腕だったら下ろせるんです。上げるのは片方でも両方でも大丈夫です。

 

伊藤 訳がわかりません…(笑)

 

チョン 昨日これを家族全員で腹がよじれるくらい笑ってました(笑)。「壊れたロボット」って。

 

とろうとするととれない——どもる体

伊藤 横から回して下ろすことはできますか。

 

チョン 横でも難しいですね。でも片方だと大丈夫ですね。

 

伊藤 左右差だけでなく、上下の差もあるんですね。

 

チョン 筋肉の痩せ方も関係していると思います。外から内に向かって円を描こうとするとできないけど、内から外だとできます。これは右も左もできます。足でも同じで、外側には行ける、内側に行くのはきびしいです。

 

伊藤 腕を上げるのも遠心的な動きなので、外に行っていますね。神経の問題と筋肉の問題が連動しているんですね。触覚はどうですか。

 

チョン 手はしびれもうっすらとあるだけなので、大丈夫です。足は、足先と足底部はあまり感じません。ただ、ある特定の部分は、それに近いところでも触ると、激痛が走ります。昨日、熱いスープを足にこぼしちゃったんですけど、10秒くらいたってやっと気が付きました。しびれているので、なぞられてもあまり分かりません。指も何の指を触られているのか分かりません。

 

伊藤 謎めいていますね…。

 

チョン もう一つ面白いのは、フライ返しです。フライ返しをただ持つだけならできるのですが、上に魚が乗っていたりする状態だと、にっちもさっちもいかなくなってしまうんです。魚をひっくり返すのが一大作業というか、体ごとやる感じですね。トング使えば大丈夫なんですけどね。

 

伊藤 面白いですね。その「にっちもさっちもいかない感」をもうちょっと教えて欲しいのですが、体に拒絶されているような感じなんでしょうか。

 

チョン そうですね。自分はこうして欲しいのに、そうならない。伊藤先生の吃音の話を聞いて、状態は違うんだけど、「どもる体」というのが、表現として正しいな、と思いました。面白いし、自分も似たような感覚だよな、と。一手が出てくれない。でもスタートすると、ちょっと動きがスムーズになる感じです。

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伊藤 なるほど、確かにチョンさんは文字どおり「どもる体」ですね。吃音との違いは、拒絶感の種類かもしれません。吃音の場合は、緊張がぐっと高まって、ブロックされる感じなんですよね。そういう硬くなる感じは、チョンさんもありますか?

 

チョン 症状として強張りはあります。でも、さっき話したような、やろうとして行かないときは、どっちかというと、ちっちゃい子供が言うことを聞いてくれない感じですかね(笑)。固まるという感触はなくて、なんかここで言うことを聞いてくれない、みたいな感じですかね。

 

伊藤 「タガが外れる」感じに近いですかね。

 

チョン そうですね。その感じですね。

 

伊藤 緊張はなくて、勝手に動いちゃう感じですね。

 

チョン そうですね。あれ?っていう感じです。

 

伊藤 おっしゃるとおり、吃音みたいな現象は、全身のあらゆる場所で、神経と筋肉のバランスで起こりうることですよね。

ひとつ気になったのは、ターゲットが大きいときのリーチはどうですか。たとえば、どこでもいいから壁を触る、というような場面です。

 

チョン それも、意識してとるかとらないかの問題で、大きさは関係ありません。自分のなかで、「ものをとらなきゃ」とか「わたさなきゃ」と思うとできません。たとえば近くにあるティッシュを取ってと言われて、ぱっととることはできても、相手に渡せないんです。手がティッシュを離してくれないんです。でも、相手がとってくれると離れます。自分からは渡せないけど、手を出してくれると大丈夫。

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伊藤 面白いですね…。うまく協働作業の文脈に入って、動きの主導権を相手にアウトソーシングできると、渡せるんですね。「取って」と言われていれば取れるのも面白いですね。

 

チョン そこにティッシュがあることがわかっているので、パッと取れます。頭の中で指示を出すとストップしちゃうんで、それで「逸らす」という方法になったんだと思います。

 

伊藤 手拍子はできますか

 

チョン できますね。大きい動作は大丈夫です。指一本だと厳しいですが。

 

伊藤 なるほど。リズムは問題ないんですね。

 

チョン 動作に対しての震えなので、振戦ではなく失調ですね。

 

サンドイッチの具が飛んで行っちゃう

伊藤「逸らす」方法について、この前、「見ない」というやり方について教えていただきました。たとえばコップをとるにしても、いったん見てそこにコップがあることを確認したあとで、あらためて見ないで手を伸ばすととれる。その方法はどのように見つけたんですか。

 

チョン 病気のイメージを自分で考えると、交通渋滞というか、断線が起こっていて、いろいろな指令が滞っているのであれば、情報量を減らせばうまくいくのかな、と思ったんです。リハビリでも「見ないでやる」方法をためしました。

 

伊藤 その場合、見てはいないけど、取ろうとはしているんですよね。そこが不思議ですよね。

 

チョン そうなんです。強い意識が働いたりすると止まっちゃったりしますね。

 

伊藤 こうやってしゃべりながら、ふいにアイスコーヒーを飲む、というのは大丈夫そうですもんね。

 

チョン 全然大丈夫ですね。取る、っていう意識がないので。

 

伊藤 目で見ない以外に、意識しない方法はありますか。

 

チョン あまりないんですよね。いちばんは「意識しない」「一生懸命にならない」が重要です。

 

伊藤 「見ないで取る」という方法は不思議ですよね。必ずしも意識しないことになっていないような気もして…。見ないと余計に動作を意識しちゃうこともありそうですよね。

 

チョン そうですね。包丁だと、包丁を一度爪に当てながらだと上手くいく、というのがあります。この場合は安定感が増すからですかね。でもたぶん知らない人がみたらびっくりするような切り方だと思います(笑)

 

伊藤 コップを左手で持った状態で、そこに右手をリーチするとどうですか?

 

チョン 行かないですね…。でも、意識しないとできます。

 

伊藤 なるほど。でも、けっこう意識してますよね。今の話の流れのなかで、意識しないバージョンを実演することができるっていうことは。

それとさきほどのフライ返しの話は、何もない状態で「返さなきゃ」と意識するのと、何かが乗っている状態で「返さなきゃ」と意識するのが違うということを示していますよね。意識の仕方が違うんでしょうね。

 

チョン 筋力がないので、重さがかかれば安定するので、通常はやりやすいはずなんですよね。でも関係ないんです(笑)。返せないんじゃなくて、やり方を忘れちゃったという感じなんですよね。握力も、握れないんじゃなくて、握り方を忘れちゃったという感じ。

 

伊藤 なるほど。スプーンで料理を取り分けるような作業はどうですね。

 

チョン いまくらいの状態なら大丈夫です。調子が悪くなると、ごはんをたべるのも疲れちゃいますけれど。

あと、サンドイッチやハンバーガーは、ぎゅーっとつぶして硬くしないとダメですね。そうしないと物が手から踊るようにして飛んでいくんです。パンがふわふわしているんで、手が暴れ出して、飛んで行っちゃうんですよ(笑)。

 

伊藤 そうか、サンドイッチを食べるって結構複雑な動作なんですね。柔らかいものを柔らかく抑えながら、でもしっかり挟まなくちゃいけない。

 

チョン 意外とそうなんですよ(笑)。経験してみて分かりました。

 

伊藤 本のページをめくるのはどうですか。

 

チョン 苦手ですね。細かい作業は苦手です。

あと、感覚的なことで言うと、足が自分で思っているほど上がっていないことがありますね。階段を降りるときにうまくいかなくて、左が降りてくれないんですよね。手も、何かを渡そうとして、思ったところに届いていなくて、ぶつかったり落としたりすることがあります。細かい微調整ができないんですよね。ぷるぷるしちゃうんで、「こんにゃく人間」って呼んでます。それが調子が悪くなると硬くなって重くなる。ストレスがあったり体調を崩したりすると、硬く、重くなりますね。ズボンをあげられなくなったり、おしりをふいたりするのも大変です。動きはできるんだけど、力が入ってくれない。押し当てられないんです。

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伊藤 吃音の人だと、直前で別の単語に言い換えるということをします。意図と体を一瞬切り離して、緊張を無効化するような感じです。チョンさんはそういうことはありますか?たとえば、コップをとりたいときに、直前まではとなりにあるスプーンをとろうとして近づいてき、直前で目標をコップにすり替える、というような。

 

チョン それは僕はできないですね。目標のスイッチを切り替えるということはできないです。

 

伊藤 なるほど。目標を曖昧にする、ということはありますか?たとえば、「コップをとろう」じゃなくて、「このへんに手を伸ばそう」みたいな感じで。

 

チョン それはあるかもしれませんね。考えないのが一番ですね。

 

伊藤 チョンさんは、「〇〇しよう」と考えちゃっても、すぐにその意識をオフにできますよね。吃音の人は、その意識を切れないんですよね。だから言い換えのような、体をはぐらかすようなアプローチが有効になります。

 

チョン そこはコントロールできますね。でも、コーヒーカップを運ぼうとして手がぷるぷるしたときに、止めなきゃ止めなきゃと思うと、震えが止まらなくなりますね。

 

伊藤 なるほど。その震えのなかに、挑戦する感じはありますか。もうちょっとこっちに持って行ったら震えがおさまるんじゃないか、思考錯誤するような。

 

チョン それはないですね。

 

伊藤 意識と体の関係って本当に計り知れないですよね。「うまくいかない」にも、ものすごくいろいろな種類があるんだなということを感じます。吃音と似ているけれど似ていないところもあります。吃音の場合は、意識しちゃったら準備できないけど、連発のなかに無意識の試行錯誤が混じることはあります。あと、吃音は学習があって、一度言えた単語は、その直後であればスムーズに言えることが多いです。たいていは、しばらくするとまた言えなくなりますが。

 

チョン 動きに関しては、最初の一歩が出れば、そこから先はスムーズということはありますね。一回休んで、一歩がでればあとは大丈夫。

 

伊藤 ああ、それは吃音もそうですね。流れにのればあとはいける。最初のキューを出すところが問題です。

 

他者の曖昧な動きで体が暴れ出す

伊藤 お金の支払いはどうですか。

 

チョン 小銭を掴むのが苦手です。苦手というか、できないです。お店によっては、店員さんがびっくりしちゃって、受け取るのも渡すのも難しくなりますね。

 

伊藤 店員さんによって、お釣りの渡し方も違いますからね。レシートを下に敷いてその上にお金を乗せる人もいれば、客の手を下から支えて乗せる人もいて。

そういう微妙な共同作業の場面ってライブ感があがるので、難易度があがる気がします。吃音も、会話という共同作業のなかで起こるエラーなので、親しい相手でも間合いがつかみにくい人だったりすると、どもってしまうことがあります。

 

チョン そうですね。しっかりやってほしいです(笑)。くれるかくれないかのような感じだと、安定感がなくなってきちゃいますね。いつも杖を持ち歩いているのは、まわりの人に分かるようにするためです。体には機能していないんですね。

あと道などで、だれかと体が触れたか触れないかのような状態になると、暴れだしちゃうんです。人がすーっと通って行っただけで、磁石のN極とS極みたいにひっぱられちゃう。それをなんとか止めるために杖は使えます。

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伊藤 変な表現になりますが、自分としては意識していなくても、体が意識すると、反応しちゃうんですね。

 

チョン そうなんですよね。体で感じるだけで増幅されちゃうんです。杖はそういうときだけに使って、握力もないので疲れちゃうし、楽な道具ではないです。

 

伊藤 意識には顕在化していないような動きレベルでも思い通りにならない、ということが起こるんですね。

 

チョン そうです。こっちに進もうとしているのに行かなかったり、足がばたばたしちゃったり。あれ?っていうことがありますね。

 

伊藤 そういうときは、ちょっと待っていると落ち着くですか?
チョン 最初はパニックでしたね。でもそうするとどんどんひどくなっちゃうんですよね。子供が小さかったので、僕の体が暴れ出すと、妻が「スイッチを押せ!」って言うんですよ。そうやっていたずらされているうちに、気が紛れて、落ち着いてくるんです。今はパニックということはないですが、最初はそんな感じでした。暴れる状態は、続いても数秒です。

 

伊藤 すばらしい奥さんですね。しゃべるのは問題ないですか?

 

チョン しゃべるのは大丈夫です。ただ、顔面に麻痺があるので、大きい飴玉は口の中にとどめておけません。夏場に、暑いので氷を舐めていたら、喉のほうに入ってしまって死にそうになりました(笑)。一昨年入院したときに検査してみたら、やっぱりちょっと弱いということが分かりました。一気飲みをしないほうがいいようです。舌も動かし方がふつうの人より不規則で、ぷるぷると暴れ出しちゃう。

あと、僕、たぶん分からないと思いますが、声が上ずっているんですよね。自分に聞こえる声が高いんです。これが最初すごく嫌で。病気になったときは、まわりに変な風に聞こえてないか気になって、しゃべらなくなっちゃいました。ビブラートかかってますね(笑)

 

伊藤 しゃべるというより声に関して影響があったということですね。

 

チョン 昔は人工呼吸器をつける人もいたんですが、私の場合は現状の問題は舌だけなんですよね。でも、食べることは変わらずできています。

 

伊藤 その感じは寝不足のときにまぶたがピクピクしちゃう感じに近いですか?

 

チョン あ、そうですね。あれが日常的にピクピクしている感じですね。あれもまわりには分からないですよね。でも僕の中ではずっとピクピクしているんです。

 

伊藤 それはかなりうるさい感じですね。

 

チョン そうですね。イライラするときもあります。今はだいぶ鈍感になっちゃってますね。

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伊藤 痺れていない部分で動作をすることは問題ないですか。たとえば肩や肘でドアを閉めることは問題ないですか。

 

チョン それは普通にできますね。意識してもできます。

あと主治医がこだわっていたのが、小脳梗塞の人に有効な「ハンカチ歩行」っていうのがあるんです。2人がハンカチの端を持った状態で歩くと、安定した状態で歩けるんですよね。バランスが取れるんです。僕も、それをやると結構効果があるんですよね。体が安定してるけどふわっと軽くなった感じで、歩くのが楽になったんです。だから、頭の問題なのかもしれません。

 

伊藤 それは棒じゃだめなんですか?

 

チョン ハンカチじゃないとだめなんです。

 

伊藤 ハンカチの微妙なテンションのかかり方がちょうどいいんでかね。手はどうですか?

 

チョン 手はバランス悪いですね。

 

伊藤 パソコンはどうやって打っていますか?

 

チョン 二本指でやっています。あとスマホは使えないので、いまだにガラケーです。タッチパネルが、僕の指だと反応しないことがあるんですよね。病気と連動しているのかは分かりませんが。あとは目標に定まっていかないので、面倒臭いですね。

 

チョン あと、足も、自分で思っているほど上がっていないことがあって、階段を降りるときにうまくいかないことがあります。左が降りてくれないんですよね。あとは、何かを渡そうとして、思ったところに手が届いていなくて、ぶつかったり落としたりすることがあります。細かい微調整ができないんですよね。こんにゃく人間って呼んでます。踊り出しちゃう。それが調子が悪くなると硬くなって重くなる。ストレスがあったり体調を崩したりすると、硬く、重くなりますね。

 

体が自分のものになるまで

伊藤 痛みや痺れは変化しますか。

 

チョン 変化します。夏場は焚き火を燃やしているところに足をずっと突っ込んでいる感じで腫れています。イメージとしては熊みたいな足になっているんじゃないかと思って、最初はよく確認していました(笑)。冬は、血流が悪くなるのもあって、爪の中を針でチクチクされている感じですね。全部の指をチクチクされています。電気が走るような感じで、歩くために踏み込むと、ときどき痛みが広がります。

そうした症状じたいは変わらないんですね。でも、自分が変わっちゃった。全然、鈍感になっちゃいましたね。こまば当事者カレッジに行って、そういうふうな表現になりました。それまでは言葉にできなかったんです。

当初は「震えはどうでもいいから痛みだけはなんとかしてほしい」という感じでした。病気で死にたいと思ったことはないですが、この痛みから逃れられる方法が死であるならそれでも構わない、と思うこともありました。夜も辛くて寝られず、家族を起こして、「足を切ってくれ」と頼んでいました。

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チョン 薬などいろいろ試したけど、全然効き目がないというところにきて、同時に人前でしゃべる講演の機会を与えてもらったんですよね。今も基本は専業主夫なんですが、その頃から学校などでときどき話すことがあります。そういうことをやり始めてから徐々に、痛みを抱えていても、痛みのせいで何かができないんじゃなくて、これがあってもとりあえずできることがあるんじゃないかなと思い始めました。

前は、この状態のせいで子供には辛くあたることがあって、たとえば体が暴れ出しちゃうので何かしているときに後ろを通るな、と強く言ってしまったりしてたんです。病状が悪くなると、イライラのオーラが出てるので、家族が口をきかなくなってしまう。いまの状態になるまでに、8年くらいかかりました。体がようやく自分のものになったという感じです。

 

伊藤 体との距離感と痛みが関係しているのが面白いですね。

 

チョン 最初は、これはもう自分じゃない、自分の体はこうじゃない、という感じでした。前の、病気じゃない自分を知っているわけですよね。それを考えると、この痺れが一生続くと思うと、わーっと爆発するような感じでした。自分はそうしたくないんですけど、健康だったときの自分の体が、勝手にそういう動きになっちゃうんですよね。コップなどを取ろうとする動きも、そうだと思うんです。自分では取れるはずなのに取れない、自分の体じゃないんだと受け入れられない感じです。なかなか向き合えなかったですね、戻りたいという一心があると。

 

伊藤 自分の体が自分のものでなくなるという感じは、吃音と似ていますね。ただ吃音は小さいころからなるので、「前の自分」というのはないんですよね。チョンさんはそれがある分、辛いですね。

それが講演をするようになって、体を取り戻すという和解のフェーズに行けたわけですね。

 

チョン しゃべることで、伝えるというよりも、自分と向き合う機会を与えられた感じです。痛みってすごく孤独感があるんですよね。だんだん「どうせおまえにはこの痛み分かんないんだよ」という感じになってくるんですよね。自分だけが、この痛みを抱えている、と。でもだんだん、子供の盗癖が出たりして、ぼくだけが痛みを抱えているんじゃないということに気づいたんです。家族の中で、何か変化があったことで、みんなそれぞれ痛みを抱えながら、小さいながらも自分なりに進もうとしているのをまじまじと感じさせられたら、なんだろう、この「自分だけ」みたいなやつは、と気づいたんです。

ただ、体を騙しているわけではないんですよね。我慢って結構大変じゃないですか。痛いの我慢してしゃべらなきゃ、ということはしないです。ただ、一定の周期で、2、3日の間疲れて寝込みます。痛いものは痛い、と言える場所が確保できていることはとても大事だと思います。気合いは入ってないよ。精神論だけじゃない(笑)。

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「献身」でも「つっぱね」でもなかった家族

チョン 先月、熊谷晋一郎さん編者の『みんなの当事者研究』の出版記念イベントで、慢性疼痛の患者には献身的な看護は効果的でない、という話がありました。それを聞いたときに、なんか頷いちゃったんですよね。病気になって、優しくされた記憶がないんですよ。かといって、じゃあ厳しくすればいいかというとそうでもない。たとえば「おまえは全然分からないだろうけど、足が痛いから切ってくれ」みたいなことを言っても、奥さんは、あんまり強い言葉を返してくれなかったんです。何も言わない。そうすると何が起こるかということ、自分が言った言葉が自分に跳ね返ってくるんですね。「そうは言ってるけど向こうは向こうできっと辛いことがあるはずだ、何なんだろう自分は」って、どんどん返ってくる。

確かに子供に辛くあたっていたりすると、奥さんが「それはないんじゃないの」って言ってくるんですけど、病気に関しては、特にこうしろああしろというのはなかったんですよね。かといって、厳しかったというとそうでもない。そういう意味で、自分に問われる、真剣に体と向き合える、という状況がありました。できないことを考えてふさぎこむんじゃなくて、今できることは何なんだろうと考えたら、いろいろ物事が動き出して、外にも出られるようになりました。人は人を介してしかいろいろなことが生まれないし、同じようなことのつながりができてきました。そこで自分の痛みと向き合う姿勢が変わってきました。

痺れも、痺れているんだけど、長く座っているとさらに別の痺れが生じて、痺れの二段構えになるんです。痺れてるのに、さらに痺れる(笑)。そういうのも笑えるようになりましたね。何で俺の体はこんなふうに無規則なんだろうって。他の人にも、どう、ぼくの体面白いでしょって言えるようになった。そんな感じに今はなれています。

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伊藤 チョンさんのそのスタンスが、とてつもなく面白いです。痛みとの付き合い方が分かってきたことと、体との距離感の変化が連動しているわけですね。痛みって、おっしゃるとおり、非常にプライベートなもの、自分にしか分からないものだと思いがちだし、実際にそうですよね。でも、それを単に「分かって欲しい」というわけでもないんですよね。

 

チョン そうなんですよね。それに対して家族が「大丈夫?そんなに痛いの?」って献身的にマッサージしたりする感じではなかった。かといって突っぱねられたわけでもない。僕自身が、前の状態に戻ろうとするところを、家族が「いやそれは無理でしょ」って諦めてたんですよね。がんばって社会復帰するような応援モードではなくて、今の体を受け入れろという感じでした。

あとは最初に「病気になってよかったね」と言われていたことが僕にとって良い意味で縛りになっていて、「そうならなきゃな」と思っていた。本当に薬ではなく言葉に救われていました。子供にも、「お父さんは病気になって大変だけど、かわいそうな人じゃないから」と話しています。だから、あなたたちも、かわいそうな家族じゃないんだよ、と。そうしたら小学校4年生のときに、それがどういう意味かずっと考えていた、と子供に言われました。仕事もうばわれて、体も不自由なのに、何でそんなこというのか、と子供は考えていたようです。もちろん大事な薬もありますが、病気のなかで言葉というのがぼくには大事ですね。

 

伊藤 生活のなかでご自分でどんどん当事者研究をされていった感じですね。薬より言葉という意味では、もともと本を読んだりするのが好きだったですか?
チョン そうですね。病気になるまえから、もともと在日朝鮮人で差別も経験してくるなかで、筑紫哲也さんの頃のNEWS23でべてるのことが扱われていて、べてるの生き方に関心を持ちました。カウンセラーの資格を持っていたのですが、当時は「幻聴の人に話しかけてはいけない」というような考え方があり、「なんで?」と思っていました。あの人はあの人の世界でしゃべっているんだから、会話したっていいじゃん、って。わりとずっとそういうところを追求してきたので、べてるの生き方に違和感はなかったです。看護師になりたいというよりも、人と体と病気を同時に学ぶことがしたかったんですよね。その前にオーストラリアでボランティアをするとき、奥さんには「あなたは反発してすぐ頭にくるから医療の現場は合わない」と反対されたんですが、逆にこういう性格の人が医療従事者になると面白いのかなと思いました。看護師の面接でも反社会的・反抗的すぎるから向いてない、という理由で2回落とされましたね。

 

伊藤 やっぱりチョンさんの人間性が面白くて大好きです(笑)。でも、そこまでうまく「研究」できる人がすべてではないと思うのですが、同じ病気の方とお会いすることはありましたか。

 

チョン それがまた僕の場合めんどくさいところなんですけど…2回ほど患者の集まりに参加したんですが、どうしても聞き手になっちゃうんです。僕は僕で悩みがあったりするんですが、吐露できなくて。あと、妻がよく講演で言うんですが、「難病の家族」じゃなくて「私」でありたいんですよね。最初に「病気」がくることに違和感があって、まず「私」があり、それが病気は抱えているという関わりがしたい。在日朝鮮人であるということも関わっていて、悩んでいることが病気でなかったりもするんですよ。そうすると患者会でなく、全然違う場所、たとえばこの前の「こまば当事者カレッジ」のようないろいろな人がいる場のほうが良かったりします。そういうことをずっとしていたような気がします。

病気も、精神科だったりアルコール依存症だったり、固定化されているんですよね。そうじゃなくて、どんな人でも当事者だと思う人は来ていい、というのがよかったです。あとは精神科だけでなく、体のことも扱っているのが、自分を知る上では勉強になるなと思いました。楽しいですね。

 

伊藤 そうですね。障害の種類でまとまるのも一つの方法だけれど、その垣根を超えて集まるのもいろいろな発見がありますよね。

 

チョン いまは専業主夫で5時に起きてお弁当を作ったりしていますが、社会から切り離される不安は最初からなかったです。でも、自分がなりたいようにできないのかな、という不安はありましたね。自分中心ですね(笑)

 

伊藤 でも常に体と対話してますよね。

 

チョン 僕の場合は病気が安定しないので、自分で判断するしかないんですよね。

 

 

 

2018/2/22 綱島の喫茶店にて

川村綾人さん

川村綾人さんは先天的に左肘先が欠損で、日常的に装飾義手を使用している方。義手に対する距離感がなんとも面白いインタビューでした。「ないのが自然」だからこそ、愛着もあんまりない。スマホと義手が同時に机から落ちたらスマホをとっちゃう、と言います。そんな川村さんが筋電義手を使うようになったらどうなるのか。ニーズがなかった機能がどう必然化していくのか、しないのか、楽しみです。

Interview & Text by ito asa /   GraphicRecord by shimizu junko


川村綾人さんプロフィール

30代男性。義手と付き合うしがないサラリーマン。


義手との距離感

伊藤 すみません、事前にお送りした質問事項の最後のところ、お名前が「川人」さんになっちゃってました。

川村 あだ名みたいで距離感が縮まってよかったです(笑)

伊藤 いま、お仕事をされているんですよね。

川村 メーカーで8年くらい働いています。ずっと人事部で、異動や採用に関する仕事ですね。ふだんはデスクワークがほとんどですね。

伊藤 パソコンはどんな感じで使うんですか。

川村 片手で打って、電話が来たら左の肩でとる感じです。最初は、三つのキーを同時に押したりするのは大変だったけど、もう慣れましたね。

伊藤 大変だけど結構やっちゃうタイプなんですね。

川村 そうですね(笑)。

伊藤 左手の状態としては、先天的に欠損ということですか?

川村 ちょうど肘から先がない感じで、肘は曲げられます。肩などは左右同じに動きます。

伊藤 ふだんから義手をつけていらっしゃいますよね。つけない方もかなりいるなかで、川村さんはなじんでいますね。

川村 この義手は10年くらい前に作りました。それ以前は存在を知らなかったんですよね。義手なんてあるんだという感じで。つける必要もなかったし、つけている人もあまりいなかったんで。会社に入るタイミングで、人に言われて作りました。

伊藤 それまで、小・中・高校は義手なしで生活していたんですね。

川村 そうですね。つけないで生活していました。

伊藤 そこから二十歳くらいで義手をつけるというのはそうとう大きい変化だったんじゃないですか。

川村 まわりの目は圧倒的に変わりましたね。見られなくなったんです。つけていないと、びっくりされるんですよね。特に半袖を着ているときなんかはもろですから。それが「町の一員」になった感じです。それが一番大きかったですね。

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伊藤 なるほど。でも付いている分は重たく感じませんか。

川村 今でも重たいですね。一キロくらいかなと思うんですが。

伊藤 触ってみていいですか?あ、結構、年季入ってますね。

川村 まったく手入れしてないですからね(笑)。

伊藤 指先が柔らかいんですね。

川村 柔らかくなってくるみたいです(笑)。中に入っているものがぐちゃぐちゃになるみたいで。装具士さんがそう言っていました。劣化していろんなことが起きているんでしょうね(笑)

伊藤 (笑)。中指は直した痕がありますが、取れちゃったんですか?

川村 ちぎれちゃったんです。それをひっつけたんです。

伊藤 10年でもう寿命が来るんですね。

川村 サイクル的にはみなさん5年くらいで変えるみたいですね。

伊藤 じゃあ10年というとかなり大事にしてきた感じですね。

川村 たぶん大事にしてないからですね(笑)。

伊藤 川村さん、義手と結構距離がありますよね(笑)。

川村 (笑)ありますね。

ウチ/ソトの境界線にあるもの

伊藤 この義手はどこで作ったんですか。

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川村 奈良にいたときで、確か市役所に紹介された川村義肢に行って、装具士さんに会って、採寸してすぐ作りました。一回ソケットを作るために採寸に行って、あとはいきなり出来上がって、「じゃ、つけてみましょうか」っていう感じでしたね。

伊藤 付け方としては吊っているのではなく、嵌めている形ですよね?

川村 嵌めています。

伊藤 最初に嵌めたときはどうでしたか。

川村 気持ち悪かったですね(笑)。違和感がありましたね。ずっと荷物を持ち続けている感じというか。疲れてくるし。嵌めているので、引っ張られる感じがあるんですよね。歩くと、腕を振るじゃないですか。そのときに義手が振られて引っ張られるですよね。

伊藤 なるほど。持っていかれる感じなんですね。

義手を使うようになって、体のそのほかの部分に変化はありましたか。

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川村 もともと腕がない分、背骨が右に曲がっていきがちだったのですが、義手をつけたことで、それが徐々に治っていきましたね。

伊藤 生まれつき手がないような場合でも、背骨が曲がるんですね。

川村 大人になるにつれて、どんどん曲がってきていたみたいです。

伊藤 それまでスポーツなどはやられていたんですか。

川村 ずっとバスケットボールをしていました。

伊藤 バスケですか。シュートのときはどうしていたんですか。

川村 片手で、ちょっと左手を添える感じですね。今あらためて思うと、バスケなんてわざわざ選ばなくてもいいようなスポーツですけどね(笑)。たまたま誘われて始めました。サッカーだったらめちゃ楽だったんですけどね。手を使ったら反則だし(笑)

伊藤 (笑)。お話をうかがっていると、やっぱり10年経っても、義手に対して距離があって、体の一部ではないのかなという感じがします。川村さんにとって義手ってどんな存在なんですか?

川村 確かに外ではつけているけど、家の中ではつけていないですからね。何でしょうね…。服とか靴みたいな感じですかね。履かないで外に出るわけにはいかないですからね。

伊藤 なるほど。義手はウチとソトの空間的な区別に関係しているんですね。

川村 そうですね。境界線みたいな感じかもしれないですね。

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伊藤 でも物理的にはやっぱり重いという感じはあるわけですよね。

川村 つけてる感じがなくなることはないですね。

伊藤 こうやって話しているときの、左手を膝に乗っけている姿勢は、意識してやっていらっしゃる感じですか。

川村 下におろしておくと引っ張られ続ける感じになるので、自然と楽な姿勢を取ろうとして、膝の上に置いているんだと思います。

伊藤 最初は意識していた姿勢が、10年のあいだに、自然になった感じですかね。

川村 たぶんそうですね。

伊藤 膝の上に置くときは、右手を添えなくても置けるんですよね。

川村 そうですね。肘を曲げられるので、持ち上げることはできますね。

伊藤 義手を外から見たときにも、やっぱり自分の体の一部とは感じないですか。

川村 違いますね。靴ではあるんですが…間違えて左右違う靴を履いてる感じですね。何となく靴なんだなと自分では思っているんですけど、左右で違う黒と白の靴を履いてる感じですかね。

つけることでTPO的には楽にはなるんですが、それだけに思えてしまうというか、愛着までは行かないですね。

伊藤 純粋に装飾という感じですね。それはやっぱり先天であるということが大きいですかね。

川村 それは大きいと思いますね。中途で切断された方は大事にしているというか、違うなと感じますね。

伊藤 でも川村さんは、愛着がないわりに、重みにも耐えてずっと義手をつけているというのが面白いですね。心理的な距離は遠いのに、物理的には近いというか。切断者の集まりにおじゃますると、つけていない人もいますよね。集合写真をとるときに、「じゃ、つけるか」ってみんなつけ始めたり(笑)

川村 確かにつけていない人も多いですね。自分はその時間が長いのかもしれませんね。常に、写真をとるときの状態というか。何でしょうね。ずっと写真とられているわけでもないのに(笑)

今ここで外せと言われたら外せますけど、わざわざ外す理由があるのかなという感じがしますね。外でいきなり裸足になっているみたいな感じですね(笑)。うまく説明できないですね。

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筋電義手への期待

伊藤 このタイミングで義手を作り変えるというのは、何かきっかけがあったんですか。

川村 ずっと使っていたんで、奥さんに「汚くない?」みたいに言われたのがきっかけですね(笑)。それで、調べてみたら筋電義手というのがあるらしいと知って、それでMission ARM Japanに行き着いたという感じです。それまで、汚いとは自覚していたけど、作り変えるほどではないかなと思っていたんで。

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伊藤 10年間でだいぶ柔らかくなってきたし(笑)。

川村 パジャマとかって、多少汚れていても着るじゃないですか。何とか擦り切れるまで着ようみたいな感じ。さすがに指が全部ちぎれたら買い換えようかなと思ってたんですけどね(笑)。

伊藤 愛着があるんだかないんだか分からない状態ですね(笑)。でも、どうでもいいものこそが長く使ってしまうというのは、分かる気もします。

今の義手で、気に入っているところをあげるとしたらどこですか。

川村 気に入っているところ…うーん、「愛着ない発言」を挽回しなきゃいけないですね(笑)。周りの人からは、思ったほど違和感はないと言われるのは、いいことかもしれませんね。右手の型をとったわけではなく、いきなり「作ったで」という感じで、たぶん誰かの手を模したんだと思いますが。あとは、時計をするときにベルトの位置がジャストなことくらいですかね(笑)。

伊藤 時計の話は前にされていましたよね。右手にするとパソコンを打ったりするときに傷がつくから、左の義手の方にしているって。

川村 そうですね。義手よりも時計のほうが愛着ありますね(笑)。

伊藤 義手より時計なんですね。義手もぶつかって傷ついたりしませんか。

川村 ありますね。通った瞬間にドアノブとかにぶつかったりします。

伊藤 そういうときは「いたっ」と言ったりはしないですか。

川村 「いたっ」はなかなか言えないですね(笑)。ぶつかったことは分かりますが、別にぶつからないように気をつけているかというと、そうでもないですね。もちろんあえてぶつかるようにしているわけではないし、さすがに水に浸かってたら抜き出したりしますけどね。

伊藤 濡れたりすることもあるんですね。

川村 手を洗っていて、気づかずにびちゃびちゃになっていることがあるんですが、そういうときは、一応拭こうかなと思いますね。

伊藤 やっぱりすごい距離ありますね(笑)

川村 不快感もないですし…可愛がってないですね(笑)。スマホと義手が同時に落ちたら、パッとスマホを取ると思います(笑)。

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伊藤 でも、愛着がないと、新しく作り変えるとなったときに、逆に悩みそうですね。こだわりが見えにくいというか。

川村 筋電義手で動かせるというのは今までなかったので、それには非常に期待しています。

伊藤 筋電義手はもう試したことはあるんですか。

川村 何回かは体験しました。使えそうだなという感じがしました。ぎゅーっと握ったりはできないですが、グー、パーしたり、物をつかんだりはできます。動かすのは楽でしたね。

伊藤 使ったことはなくても、手を動かすという命令はすぐに出せるんですね。

川村 そうみたいですね。力を入れる感覚さえあれば、できるみたいですね。力こぶのもりあがりがあれば、それに反応するようです。

伊藤 筋電義手にするというのは決定事項なんですか。

川村 そうですね。装飾義手なら補助金を申請してまた作れるとは思うのですが、そもそも装飾義手には愛着もなかったので(笑)

伊藤 どうせだったらやってみて面白いほうを選びたいという感じですね。

川村 そうですね。ただ筋電で見た目が手のような感じのものを作るとなるとものすごくお金がかかるんです。右手が歳とっていくのに合わせて義手を何回も買い換えるとなると、お家が建ってしまうくらいの額になる。なので、実際には3Dプリンタで作るExiiiの青や白のものになるんです。それもいいなとは思うんですが、手のようなものがあればなとも思っていて、そのグローブの部分の手頃な素材を探しています。動かす部分は4−5万で作れるんですが、グローブの部分のよいものがなくて。グローブの部分を装飾義手の人に頼むとなると3−40万円なんですが、それをそのままかぶせてしまうと、動かしたときにやぶれてしまうんです。

伊藤 なるほど。グローブの部分が問題なんですね。

実際に作るときには、どのようなプロセスで作るんですか。装飾義手のときのように、どこかに採寸しに行ったりするんですか。

川村 それはもう自分で作ろうと思っています。ソースがネットに公開されているので、サポートしてくれる人に頼りながら、自分で作ります。

伊藤 そうですか。すごいですね。

川村 何回か作り変えることを考えたら自分で作ったほうが早いんですよね。骨組みだけなら、プラモデル組み立てるみたいな感じです。

「両手があったら得なこと」を探してみたい

伊藤 筋電を使うようになったら、愛着は変わりそうですか。

川村 確かに動かせるようになれば、見た目だけじゃない必要性が出て来ると思うんですよね。左手を使って生活をしていて、いきなり左手が使えなくなったら、「これは大変だな」と思うと思うんですよね。そこまで行って初めて愛着と呼べるようなものになるんじゃないかな、と。

伊藤 なるほど。「ないと困る」という感じが出てきたときに愛着を感じるのかもしれませんね。

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川村 いなかの人の車みたいなものですね(笑)。いきなり壊れたらスーパーも行けないなという感じになる。

伊藤 どうやってその必要性を発掘していくんですかね。いま、生活の中でものを持ったりするのに不便は感じていないわけですよね。

川村 そこは分からないんですよね。同じような先天の人と話していたときに出たんですが、「利き手」みたいな感覚って我々にはないんですよね。みなさんは二つあって、たとえば右のほうがよく使って、左は補助的な役割になると思うんですが、我々にはそれがない。右手だけで生活ができちゃっているので、義手をいつ使えばいいのか、というのが未知の領域ですね。

伊藤 なるほど。「利き手」というのは、主従関係のある両手の連動ということですもんね。そう言われてみると、「利き手じゃない手」ってふだん何をしているんだろう…。「添える」がほとんどで、ときどき両手を対等に使わなければならない場面があるという感じですね。

川村 たぶんその両手を使ってやることを、無理くり片手でやるというのが普通になってしまっていて、「それ両手のほうがやりやすいで」って言われないと気づかない感じなんですよね。

伊藤 そうですね…。義手で、荷物を持ったりすることはできるんですか。

川村 握れるのでできると思います。でも、本当に「両手で荷物を持つ」くらいしか、できるようになることが思いつかないんですよ。

伊藤 なるほど。それでも筋電義手にしたい、というのはなぜなんでしょうね。

川村 興味がある、というのが一番大きい理由ですね。「両手があるってそんなに楽なんだ」っていうのを、ちょっと体験してみたい感じです。それで楽にならないんだったら、もどすかもしれないですけど(笑)。仮にも両手がある人の生活というのに似せていけるのだとしたら、非常に楽しみですね。

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伊藤 Mission ARM Japanでも、先天的に欠損の方のための立食パーティ用に特化した義手を作っていましたね。手の部分が平らになっていて、お皿が置けるようになっている。その方も、他に困っていることがなくて、それだけの用途に特化した義手を作ったというお話でした。

改めて両手があるって何なんでしょうね。

川村 自転車も乗れますし、車も運転しますしね。後天的になくした人だと、「こんなことできていたのに」という感じになると思いますが、僕の場合にはそこが全くないんですよね。できないと言われたらできてないんでしょうけど、自分なりにはできているので。

伊藤 同じ「できてる」でもやり方が変わる感じですかね。

川村 不便だなと思われているのは分かるんですけど、我々当事者は別にそんなに大変じゃないというのがあるんですよね。

伊藤 ボタンの開け閉めはどうですか。

川村 ボタンも片手でやってますね。そうか、両手があれば両手でやるんですね。

伊藤 でも片手でと言われたら片手でやることもありますもんね…紐を結ぶのはどうですか。

川村 できちゃいますね…。っていう感じで、でも探してみたいんですよね、絶対に両手があったほうが得なことが何なのかを。たぶんバスケットとかは、両手があった方が得だと思うんですよね。ピアノとかも両手で弾いてみたいです。

伊藤 確かに「得」っていう感じかもしれないですね。スポーツみたいな勝負の場面だと、その「得」さが際立ちそうです。

それに加えて、義手をつけたときに、頭で「こういう場合は使える」と分かって使うのと、実際にさっと義手が出るようになるのとでは、少し時間差がありそうですね。

川村 動かそうと思って動かすと、パッと出るのとでは確かに違いますね。非常に楽しみですね、動かせる状態になるのは。

後天的に失くした人が、あそこまでまた求めるというのは、絶対何かある気がするんですよね。「そこまでして手を修復したいのか」と思ってしまう。その人にとってはとても大事な問題だと思うんですけど、あればきっと便利なんだろうと思います。ま、便利にならなかったら捨ててしまうかもしれないけど(笑)

先天ならではの視点

伊藤 手のことで思春期に悩んだりすることはなかったんですか。

川村 違うなと思っていましたが、それが当たり前だったんで。小さいころから義手を使っている子を見ると、義手を使っても使わなくてもいいという選択肢があっていいなとは思いますけどね。

伊藤 先天的に欠損の方と会う機会はあったんですか。

川村 Mission ARM Japanに関わるようになる前は、なかったですね。街中ですれ違って、「ああ、あの人はそうなんやな」と思うくらい。

伊藤 幻肢もないですよね。先日、ある本に先天的に欠損の方でも幻肢があるという症例を読んだのですが。

川村 ないですね。幻肢痛があって、義手があると痛みが和らぐというのであればつけることに意味があるんでしょうけどね。自分で義手が必要である理由を動機付けするのが大変な感じですね。

伊藤 確かにこれまでは公共の場に出てくることが義手をつける理由になっていたわけで、それは自分の内側からの必要ではないですもんね。

川村 でも、せっかく義手を作ってくれている人がいるので、それは当事者としても発信しなくちゃなという責任は感じますね。作ってくれる人がいるのに、こっちがどっちつかずな感じでいるのは失礼だなというか。

伊藤 先天的に欠損であるということは、切断者が多い義手業界になかではマイノリティになりますよね。

川村 確かに温度差は感じます。線引きするのは嫌だなとは思うのですが、先天の方だとフラットに話せるなという感じは確かにあります。

とはいえ、「右手がなくなって大変だ」と思っている人に、「我々は元からないで」と言うのも、なんか奢っている感じがしますしね(笑)。なくなった痛みを知っているわけではないので、慰めになってない気がするんで、あまり物言いはしないですけどね。その人にはその人なりのアプローチがあると思うんでね。

伊藤 確かにそうですね。

川村 名前みたいな感じですかね。めっちゃ好きな名前だったらこだわるんでしょうけど、自分でつけたものでもないし、愛着が特にあるわけでもない。間違えられても、申請書を書くときのように直す必要があれば直すけど、それほど強いこだわりがあるわけでもない。

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伊藤 なるほど、手を「名前みたいなもの」と考えるのは面白いですね。先天の川村さんならではの感覚ですね。愛着があるというより、当たり前のもの。結婚して苗字が変わっても、淡々と受け入れてますもんね。

川村 そうですね。大事じゃないわけじゃないんだけど、とりたてて愛着を持つわけでもない。一方で、中にはすごくこだわりがあって、絶対に苗字を変えたくないという人もいて、愛着というか信念を持っている、というのも似ていると思います。

伊藤 そうですね。「大事である」というのと「大事にする」というのはちょっと違いますね。「大事である」は自然になっているということですが、「大事にする」となると信念を通す感じになってきますね。

川村 一応もらった名前だし、使い続けようかなという感じですね。

2017/11/26 吉祥寺の喫茶店にて

猪俣一則さん

猪俣一則さんは、高校生のときに右腕がちぎれる大怪我を経験。なんと、緊急手術で「一応つないでおいた」腕が、10ヶ月後に奇跡的に感覚をとりもどしはじめたといいます。一方で幻肢痛にも悩まされ、「腕があり、かつ幻肢もある」という稀有な体を持つことになります。現在では会社を設立し、VRを用いた痛みの緩和にも取り組んでいらっしゃいます。研究者的な分析力とジェントルマンな優しさで、28年間をじっくり、ていねいに語ってくださいました。貴重な超超ロングインタビュー、Tokyo Graphic Recorder の清水淳子さんによるグラフィックレコーディングつきです!

Interview & Text by ito asa /   GraphicRecord by shimizu junko


猪俣一則さんプロフィール

株式会社KIDS 代表Mission ARM Japan理事

1972年東京生まれ。17歳の時に右腕神経叢損傷を患う、それ以来、左利きに。右腕の代わりになると身につけたデジタルスキルを活かし、建築、土木、自動車のデザインに尽力、上肢障害者へのQOL向上を目的に活動するため起業、恩返しプロジェクトとして、若手デザイナーの育成や幻肢痛をVRを活用することで痛みを和らげる取り組みを行う。


腕に足の筋肉を入れて胸の神経で動かす

伊藤 今日は暑いですかね。

猪俣 右腕に汗かけないんですよね。交感神経・副交感神経が働いていないからですね。「暑いな」という感じもない。血管の収縮ができないし、毛穴も閉じているのか開いているのか分からない。なので、温度は外気による(笑)。外気と一緒になちゃう。

伊藤 鳥肌も立たないんですか?

猪俣 えーっと、腕には立たないですね。冷たくなっていても、そんなに辛くもないし、暑くても大丈夫。そのぶん、健常の側がつらいですね。

伊藤 なるほど。負荷が右腕以外のところにきちゃうんですね。

猪俣 たぶんラジエーターがこの一本分ないんでしょうね。

伊藤 外から触ると、体温は同じですよね?

猪俣 いや、冷たい。ちょっと冷たいです。血圧も低いです。腕が一度ちぎれたので、血管がそんなにちゃんとしてない可能性があります。血圧は上が100ないですね。

伊藤 しもやけや凍傷になったりしませんか。

猪俣 まったく感覚がない人たちは、指先とか気をつけておかないとなっちゃいますね。ぼくは指が動き感覚が戻ってきたので、指先部分だけ、暑さ寒さを感じます。寒くなれば、痛くなります。手首から肩までの腕の部分が感覚がないんです。

伊藤 なるほど。いったん時系列的に整理させてください。今すみません、おいくつですか。

猪俣 45です。事故にあったのが17歳。バイクの単独事故でした。覚えてないですが、そのときは意識はあったようで、「痛い痛い」と言っていたようです。症状としては、右手が脇の下からちぎれている。大丈夫だったのは、内臓と左手だけ、左脚は開放骨折で、膝の骨が飛び出ちゃった。右脚は粉砕骨折。この前、そんな話を大学で学生にしたら、気分悪くなっちゃった学生がいました(笑)。

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伊藤 片側ではなくて、右腕と左脚というふうに斜めにやられたんですね。

猪俣 胴を守っていたんですかね。顔もヘルメットをかぶっていたので大丈夫でした。ただ、頭蓋骨が凹んでいます。脳は異常なかったんですが、記憶力があがりました。

伊藤 えっあがったんですか?

猪俣 はい。もう、見るものすべて写真のように覚えられる。文字として読んでなくても、あとで読めます。だから、お腹いっぱいでもう食べたくない、という感じで、もう覚えたくない、見たくないという気分になります。

伊藤 面白いですね。文字に限らず、画像的なものも覚えられるということですよね。

猪俣 はい。人の顔も覚えられるので、ちょっと人間不信になります。すれ違うくらいでも覚えちゃうんで、次に会ったときに自分は覚えていて、相手は僕のことを覚えていない、ってなっちゃうんです。あまりこちら側からは話し掛けないほうがいいな、と思って(笑)

伊藤 音の情報はどうですね。

猪俣 音は、そんなに差はないですね。視覚情報がよく覚えられるようになりましたね。

伊藤 よく自閉スペクトラム症の方が、情報をひろいすぎて、ものすごい細部まで覚えてしまうといいますが、そういう感覚に近いんですかね。

猪俣 近いと思います。

伊藤 それでパニックになったりすることはないですか?

猪俣 それはなかったですね。受験と重なってたんで、ちょうど良かったです。

伊藤 すごい(笑) 事故の直後、入院はどのくらいしていましたか。

猪俣 最初は約半年、そのあと半年おきに手術、それが4年間くらい続いた感じですね。

伊藤 右手は完全に剥離した形でしたか?

猪俣 うしろの肩甲骨のところだけつながっていて、脇の下からぺろっと。筋肉すらつながっていなくて、皮でつながっていました。

伊藤 ほんとうに皮一枚だったんですね。皮一枚にせよつながっていたということは意味があるんですか?

猪俣 うーん…長袖を着ていたので、中でちぎれていたんですよね。どこか飛んでいっちゃったら、応急処置でつけられなかったかもしれない。その意味ではよかったのかも。

伊藤 取れた腕をつけるという応急処置は、技術としては一般的なんですか?

猪俣 救急隊員の方が的確に判断してくださって、けがが大きそうだったので、大きな病院を選んであたってくれてたんです。ただ、それでも入れるところを見つけるまでに2、30分かかっちゃってたんです。そのあいだに、止血の処置だけしてもらえました。此の手の怪我、つまり腕神経の損傷や麻痺を専門にしているような病院に直接入れたので、すぐに緊急手術をしました。

まずは出血が多かったので、母体がもつかどうかが心配だったので、足と手を一応つなげましたが、母体がもたなかったら再度切断します、と。そのときに腕神経の房だけはつないでおいてくれました。

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伊藤 「房」というのは何ですか?

猪俣 神経ってストローのようなものの中に通っているんです。診てもらったときは、ストローの部分しかなくて、中身がなかった。なので、一応ストローの部分をつないでおいてくれたんです。もしかしたら、あとで中身が伸びてくるかもしれない、と。二日くらいがヤマですねと言われていたんですが、一応もった。なので、手も足もつなぎっぱなしでいくことになりました。

伊藤 それは、かなりラッキーなケースということですよね?

猪俣 もう、ラッキーです。夜中だったんで、お医者さんたちも帰るところだったんですが、たまたま病院の近くに残っていた日で、戻ってきて処置してくれました。そこの病院じゃなかったら、あぶなかったかもしれない。

伊藤 なるほど。そこから半年入院されたわけですね。

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猪俣 段取りを組んで、左足から順番に手術をしていって、最後の一番大きい手術が、肋骨の神経を腕に移行するというもので、これを事故から5ヶ月後くらいにやりました。肋骨の裏側に肋間神経というのが走っているんですが、それが何に使われているか分からないので、これを利用するというものです。肋骨を何本か外して、その裏に走っている神経をピリピリはがして、それを腕に移す。移植ではなく、そのまま切らないで脇の下まではがして、腕に持ってくるんです。さらに足から筋肉を一房持ってきて、腕に埋め込みました。上腕と手首につないだその筋肉と上腕二頭筋に肋間神経を刺し込んである。足の筋肉を肋間神経で動かすようにしよう、というわけです。そうすると、筋肉が収縮すれば肘が曲がる。それから手首にもつながっているので、同時に手首も上がる。指が動かなくても、手首が上がればテノデーシスで物がつかめるんじゃないか、という計画でした。

伊藤 手術というと内臓のイメージが強いので、そこまで筋肉を動かしたり神経をつけかえたりする手術があるということを知りませんでした。

猪俣 ぼくの場合は腕の外傷があったので、二頭筋は阻血しちゃってる。なので、本来ならば肋間神経からの信号で二頭筋を動かせばいいんですけど、ぼくの場合はダメージが大きすぎたので、筋肉を一本持ってきて、それをメインに肋間神経で肘を動かす、という計画でした。

伊藤 筋肉ってどこも同じなんですね。足にある、というアドレスが振られているわけではないんですね。

猪俣 そうですね。信号さえ伝われば、動いてくれる。それが事故後5ヶ月のときの手術で18時間くらいかかりました。

伊藤 もともと体力はあったんですか?

猪俣 もともと体力しかなかった。テニス、水泳はかなり本格的にやっていました。何のために鍛えていたのか、という感じで、それがなかったらダメでしたね。

伊藤 なるほど。もともと体を制御することが得意だったんですね。

猪俣 なので、リハビリとかもちょっとやりすぎちゃう。やりすぎて熱出しちゃうんです。

伊藤 リハビリは大変でしたか?

猪俣 そうですね…痛かったですね。とにかく患部周りを柔らかくしなきゃいけないので、腕、肩回りの癒着部分をゴリゴリやられて、尋常じゃない痛みでした。もう、脂汗がすごかったです。

伊藤 そのときの痛さは何ですか?感覚はないわけですよね?

猪俣 そのときの痛さは、幻肢痛とはちょっと違う。アロデニアに近いかもしれない。アロデニアっていうのは神経が過敏になっているところに、刺激を入れている感じ、神経障害性疼痛です。それと幻肢痛はちょっと違う。

伊藤 なるほど。じゃあ神経の物理的な痛みだったんですね。そのとき幻肢はいたんですか?

猪俣 いました。

伊藤 いたから、違うというのが分かったんですね。

幻肢痛と自分の手の関係

伊藤 幻肢痛はいつからですか?

猪俣 最初は、やっぱり怪我の箇所が多すぎたのもあって、鎮痛剤をずっと打っていただいていたんです。そのせいか、そのあいだは全然痛くなかった。幻肢感というのも事故後3ヶ月間くらいは全くなかったです。手が全くない感じです。

伊藤 目で見ても、自分の手じゃない感じということですか?

猪俣 自分の手とは思うんですけど、感覚が伴わないので、意識が行かない。

伊藤 「変なものついてるな」という感じもなく、自分の手だとは思うけど、内側から感じれないということですね。

猪俣 そうですね。もう一本手があって、つまりみなさんでいえば3本目があって、それが感覚がない、これってどうやって感じるんだろう、みたいな感じ。大事にしなきゃと言う所有感があっただけ。それが肋間神経を移す手術をするあたりから、どんどんどんどん痛み出しました。もう、そのときは、会話が途中で止まっちゃう、うずくまる、それで通りすぎるのを待つ、という感じでした。

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伊藤 波があるんですね。

猪俣 一定レベルの、普通にしていられるくらいの弱い痛みがずっとあるんですが、それにプラスして大波があるという感じですね。それが1分おきくらいに来る。

伊藤 結構な頻度ですね。出産直前の陣痛という感じですね。

猪俣 そうですね。逃し方もなくて、耐えるだけです。ただ、5秒か10秒くらいでおさまるんで、耐えていると、すーっと治る。

伊藤 夜は寝られましたか?

猪俣 ぼくの場合は、寝ると全く痛みを感じないんです。痛みで起きる方もいらっしゃいますが、ぼくの場合はそれもないですね。

伊藤 それは「痛み=幻肢」と考えていいんでしょうか?

猪俣 ほぼイコールです。幻肢感、というか幻肢覚というのを、ほぼ半数以上の人は痛みで感じています。ぼくの場合もそうです。痛みがあるから、ああ、そこに手がある、という思考です。

伊藤 足は幻肢はないんですか?

猪俣 足はないですね。足は、ひざのあたりを除けば、だいたいほぼ感覚があるので。膝のあたりは、シャワーをあてても、一枚布があって、それ越しにあてている感じです。運動はできます。テニスもできますが、膝周りが痛い。し終わったあとは、おじいちゃんみたいな歩き方になっちゃいますね。それは機能的な、原因のある痛みで幻肢痛とは違います。ひざはお皿が欠けてしまったのもあり、痛いです。たぶん軟骨がすり減って痛いというのと近いと思います。靭帯がゆるゆるなので、気を抜くと膝がはずれちゃうんです。

伊藤 その痛みはなんとなく想像が及ぶのですが、幻肢痛のほうがどうしても分からなくて…どうして、その痛みの種類の違いが分かるんでしょうか。

猪俣 手がない、感覚がないのに、ある特定の場所が痛いと。それも非現実的な痛みのイメージが伴います。折り曲げられるとか、ちぎられるとか。あ、これは脳で感じているんだなとわかります。自分でちょっと実験したことがあるんですけど、朝起きた瞬間、どこに手があるかを当ててみるんです。みなさんは目をつぶっても自分の手がどこにあるかが、筋肉の曲がり具合や皮膚の圧迫感とかで絶対的に分かると思うんですが、僕の場合はそのフィードバックがないので、どこに手があるかが分からないんです。通常は目を開けているので、最後に目にした位置に手を感じる、あるいはそこからどう動いたか相対的に感じとるんです。なので、朝起きてすぐの場合はどこにあるんだろう、という実験をしてみると、思ったところと全然違うところにある(笑)。

伊藤 自分の手が迷子になる感じですね…。

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猪俣 そう、迷子になる。で、そのときに脳では手は痛いと思ってるわけですよ。どこにあるかが分かる前から痛い。ぼくは特に人差し指と親指が痛いんですけど、あ、今痛いなあと思ってその場所を指しても、そこに手がないんです。

伊藤 痛さを感じる場所と、実際に手がある場所が違う、ということですか。

猪俣 違うんです。痛く感じているのは、脳であって、実際にその場所が痛いかどうかは、ちょっと懐疑的だなと。

伊藤 指から痛さが来ているわけではない、ということですよね。

猪俣 ふつう、痛いところがあると、そこを握ったり、その周りの場所を触ったりするとまぎれたりするけれども、幻肢痛の場合はいくら指を握ったりしても、まぎれないんです。切断された方は、触ることもできませんし、存在しない部位が痛むわけですから。

伊藤 なるほど。痛さというのは、そこを触ったときに痛みに変化が生じるから、その場所だと特定できるわけですね。お医者さんの触診とかもそうですもんね。自分でも、内臓が痛いときに姿勢を変えて痛みを逃そうとする。それが変わらないとしたら、自分の体に定位できないですね。

猪俣 うん、本当にそこが痛いのかどうか分からなくなってくる。実際、みなさん幻肢が痛い、例えば、手のひらが痛いという場合、本当に手のひらが痛いかどうかは分からないですね。脳はそう思っているけれども、本当に痛さを感じているのはそこじゃないかもしれない。残っている抹消神経の手のひらに関係するところに処置をほどこしても、たぶんそれも違う可能性が高い。

伊藤 猪俣さんの場合は、手が残っていらっしゃるから、違いがよく分かるケースですね。

猪俣 そうなんです。実験ができる(笑)。

伊藤 さっきの目が覚めた瞬間の実験で、最初に痛みを手掛かりに感じた手の位置は、どうやって決まるんでしょうか。

猪俣 寝起きすぐの場合は、脳が感じる幻肢位置、ここら辺に手があるだろうと思う位置で、実際の手の位置とは違う、今起きているときは、最後に目にした場所に手があるんですよ。そこから、目を閉じ、誰かにゆっくり手を動かしてもらっても、自分がそれに気づかないとしたら、幻肢痛の位置は動かないんですよ。最後に目にした位置にある。。すごく視覚とリンクしていますね。

伊藤 面白いですね。ということは、見ながら動かすと、幻肢も動くということですよね。

猪俣 動く。動きますね。

伊藤 見えている限りは、麻痺した手と、幻肢は一体化しているんですね。

猪俣 うん。ぼくの場合は、手のハンドの部分の感覚が戻ってきちゃったんで、幻肢っていうのはほぼないに近い。幻肢「痛」として感じているけど、ほぼふつうの人の感覚に近いです。なので、事故後の全く感覚がないときの幻肢とは徐々に変わってきていますね。今はぴったり一致しちゃってますね。

伊藤 二重になってますよね。見ているこれが、幻肢でもあり、かつ自分の手でもあるわけですから。自分の物理的な手をさすっても幻肢痛が変化しないとき、一番その二重性を感じそうです。自分の手を信じれなくなるというか、一体になりきれない部分がやっぱり残っている感じがします。

猪俣 そうですね。ただ、痛さが先行して、そこまで考えが及びません。分析、熟考しだすともどかしさを感じ始めますね。

伊藤 なるほど。そこで混乱しちゃったりはしないんですね。

猪俣 視覚から手の位置が確認された瞬間に一致しますので混乱はしません。幻肢は自由自在に動くのに、実際の手は動かないというところで、もどかしさを感じてストレスになっている方はいらっしゃいますね。そういう方にはVRは最適で、見せてあげると、すーっと痛みが治まるというのはあります。

感覚の復活

伊藤 VRの話もあとで伺いたいんですが、その前に感覚がまた出てきたということについて教えてください。まず、いつごろから戻ってきたんですか。

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猪俣 事故後10ヶ月目くらいから、指が一本一本、復活してきました。最初に房をつないでおいてくれたのがよかったのかな。胸の手術をする前に、状況を目視する検査のために手術をしたんですね。頚椎から腕神経がどうなっているのかを確認したんです。頚椎から引き抜かれている場合には、ほぼ再生はないと言われていたんですが、途中から切れている場合には、中枢でないのでそこから伸びて来るかもしれない。なので、房、つまり道筋さえちゃんと指示してあげていれば、伸びて来たのがくっつく。一応、ぼくの場合は、全部抜けているという検査結果だったんですけど、もしかしたら指先のところだけはちょっと残っていて、それが伸びてきたのか、あるいは他が動かしているのかもしれません。

指を曲げるのは、やり方は今までどおりで、曲げるつもりで曲げるだけです。ただ、開こうとすると、背中の広背筋が動いたりするんですよ。なので、もしかしたら、頚椎7番の腕神経だけじゃなく別の神経で動いていると言う可能性もあります。指を曲げる神経はあるんですが、伸ばす神経はないので、伸ばすことはほとんどできない。それを意識的に伸そうとすると、広背筋に力が入るんです。

伊藤 なるほど。開くと曲げるが全然違う行為だという意識すらありませんでした。

猪俣 いまはほんとうに、握るだけの状態ですね。5本の指を横に開くのも難しい。

それで、曲げるのが一本ずつできるようになってきて、だんだんだんだん動き出して、全部が動き出したら、それに続いて、知覚ももどってきた。

伊藤 運動が先で、知覚が後だったんですね。そのあいだは、運動だけで何も感じない指だったんですね。

猪俣 運動が先でした。動かない間は、幻肢でグー・パーするリハビリをしていたんですが、あるとき、いつのまにかピクっと動いたんです。あれっ?っという感じで。

伊藤 幻肢を動かすときも、「グー」っとふつうに手に力を入れて握る感じなんですか?

猪俣 以前と同じです。握る、開く、ということを実際に手は動かないけどイメージでやる。幻肢もある程度は力を入れられます。力を入れると握られて、抜くと惰性で戻る感じです。動かないけど動かす、ということをしていました。「ファントム・エクササイズ」と言うんですが。

伊藤 ファントム、というイメージが強かったので、幻肢は抵抗なく自由に動かせるものなのかと思っていました。

猪俣 先ほどの患者さんのように、自由に動かせる患者さんもいます。9割くらいの方は、あまり動かせません。頑なに動かない方も。力の入れ方がわからないケースも。僕も肘は伸ばすイメージがつかめない。伸ばせないのではなく、伸ばすためにどう力を入れたらいいのかがわからない。

伊藤 でも、どのくらい動いているかは、確信を持って分かるわけですよね。

猪俣 「もうこれ以上にぎれません」「突き刺さってます」とかってみなさん言いますね。手の格好が頭の中にはっきりと想像できています。指5本バラバラに明確に想像できる方もいれば、指同士がくっついているイメージの方もいます、形状の差はあるが、今は開いているとか閉じているとかがわかるんです。これがより随意的に動かせるようになってくると、幻肢痛もどんどん軽くなって来る傾向がある。

伊藤 猪俣さんは最初から指が5本あったんですか。

猪俣 えーっと、思い出してみると、もう全体が痛かったので、ミトンのようなグローブみたいな感じ…バラバラじゃなかった気がします。

伊藤 幻肢痛の波のピークが来ているとき、幻肢自体の姿勢が関係しているということはありますか?

猪俣 まったくないです。何も連動しないです。

伊藤 痛いときは動かすどころではない感じですか?

猪俣 動かします。ギューっと握る。健常側と同じで、痛かったら力が入ってしまいます。それで、通り去るのを待つ。

伊藤 こうやってお話ししていて、意識していて痛くなるということはないですか。

猪俣 ぼくは大丈夫です。今も弱い波が来てるんですよ。でもぼくは大きいのがなくなってきたので、弱い一定の痛みに、プラスで少し波がある感じですね。

幻肢/手/VR

伊藤 動き始めた順番は、親指からですか?

猪俣 中指からです。中指、次に薬指が動き始めましたね。

伊藤 その瞬間はびっくりしませんでしたか?

猪俣 もうびっくりです。で、1日1回しか動かないんです。リハビリ室で、「あ、動いた」って思って先生に見せても、次の日まで動かないんで、「うそつき」って言われちゃう(笑)。でも1日たてば、また「ピクッ」てほんの少し動く。でもそれもだらだら汗を流しながら力を入れてやっと「ピクッ」です。

伊藤 幻肢を動かそうとして力をいれたら、指が動き始めたということですよね。別物だけど、やっぱり幻肢を動かそうとするわけですね。

猪俣 感覚はなくても、目を閉じると今までどおりの腕と5本の指の感じがあります。それをイメージで握ってみたり、肘を曲げてみたりする。幻肢の運動は健側と変わりません。力の入れ方は一緒ですね。動き出したら、幻肢と実際の手がリンクしました。事故から11ヶ月後くらいで指が3本くらい動き始めたんですが、そのころから徐々に知覚がもどってきました。最初は、厚手の手袋の上から触っている感じで、それが徐々に鮮明になってきて、温度、素材も風が吹いても分かるまでになりました。

伊藤 回復の過程は大変だったと思いますが、それでもかなり早い段階でかつ速いスピードで運動が戻り、つづいて知覚が戻ってきたということに驚いています。やはりもともと、体をコントロールする能力が高い、コツを掴む能力のようなものが高い、というのがあったんですかね。

猪俣 そうですね…マニュピュレートするという感じで、自分じゃないもの、ショベルカーのアームのようなものをどうやったらうまく動かせるんだろうという感じで扱って、あとは重力を利用して動かしてました。

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伊藤 最初は「マニュピュレート」だったんですね。そこで重力も使うのが面白いですね。

猪俣 肘を伸ばす力がないので、立っていれば、肘が重力で伸ばされる原理を利用するんです。姿勢をうまくコントロールして、ゆっくり重力が掛かるように体を起こす、と同時に伸ばそうという意識を入れる。自分では伸ばしていないけど、「あ、伸ばせてる、曲げられている」という成功体験のようなものを植え付けていく感じです。

伊藤 面白いですね。でもそもそも体を動かすって、自分ですべて動かしているように錯覚しているけれど、実は惰力や重力を使っていて、「物だからそうなる」みたいな物理運動をかなり取り込んでの「体を動かす」なんでしょうね。

すみません、細かいんですが指が動き始めたときの順番を教えていただけますか。

猪俣 最初は中指の第二関節です。次に第三関節、第一関節の順に動くようになりました。さらにそれに連動して、薬指、その後小指、人差し指、親指の3本が動くようになりました。パーをする動きはないですね。

伊藤 先から順でもなく元から順でもなく、2→3→1なんですね。感覚が戻ってくるときの順番はどうですか。

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猪俣 動き出した順番とのリンクというより、指、手のひらが全体的にボワっと徐々に戻ってきた感じです。種類は最初は圧覚ですね。圧力で押されているのを感じるのが最初かな。それからすべらせた摩擦を感じるようになりました。圧覚だけのときは摩擦は感じないので、位置をずらしても分からない。摩擦が分かると移動も分かるという感じですね。そのあと温度ですね。

痛みは圧覚の強いものですね。皮膚が柔らかいというのもありますが、痛みが増幅している感じはありますね。さっきのアロデニアに近いのかな。なので、つねられたら失神しちゃうくらい痛いです。

伊藤 感覚が鈍感なのに痛みには敏感という感じですね。

猪俣 指先と手のひらは全部感覚がありますが、手の甲は感覚がないです、あと腕も。ただ、感覚がないところも叩けば、振動が伝わるので分かります。ゆっくりそうっと触られたら分かりません。

伊藤 感覚が出てきたことと、幻肢の変化は関係していますか?

猪俣 感覚が出てきたことで、幻肢位置が物理的な手とリンクしましたが、幻肢痛の変化は関係ないようです。

伊藤 もともとのファントム・エクササイズの目的は何なのですか?

猪俣 痛みの軽減です。

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伊藤 動かすことではないんですね。つまり「自分の手よ、動け!」と思ってエクササイズしていたわけではないということですね。

猪俣 気持ちはみなさん、腕が残っている方は、動かそうという気持ちで訓練はしています。ただそれをしたから動き出すということにはつながらない。物理的な信号が来るかどうかなので。たとえば脳卒中など脳の障害による運動器の麻痺であれば、末梢神経は物理的にはすべて繋がっているから、ファントム・エクササイズは絶対やったほうがいい。脳の可塑性でどこかが拾ってくれるかもしれない。でも中枢から引き抜かれた場合には、ファントム・エクササイズしても、難しいかもしれません。痛みの軽減のための訓練となります。

伊藤 指が動いたときの瞬間の実感に、幻肢は関わってはいないんですか。つまり、そのとき幻肢はどうしていたんでしょうか。ファントム・エクササイズでは幻肢を動かそうとしてグーっと握っているわけなので、そのことと、目で見て手が動いていることが分かったという情報が、何らかリンクしそうな気がするのですが。

猪俣 実際の手が動かないときはバラバラですよね。それが動き出すと、リンクしてきますね。動かして手の形が変わると、痛い場所も、それに応じて変わります。たとえば手を開いた状態で痛くなって、そのあとすぐに曲げたら、幻肢痛も曲げた状態で痛くなる。ついてきますね。それは、曲げているという触覚の知覚があるから、頭でそう理解してるんだと思うんですよね。手の知覚のフィードバックがなければ、幻肢痛も動きませんね。いくら外力、反対の手で右手を動かしたとしても、痛さの形は変わらないですね。

伊藤 微妙ですね。幻肢と実際の手が、重なっている部分もあるけどそうでない部分もある。あくまで「リンク」なんですね。ひとつになっているわけではない。

猪俣 そうですね。ただ手が残っている患者さんでも、意識の中の手と実際の手の長さが違うテレスコーピングが起きている方が結構います。切断者の方のほうが多いんですけど、手が残っていてもいらっしゃる。だいたい短くなりますね。短くなった手でファントム・エクササイズをすると、気持ち悪いという人がいます。なぜかと言うと、自分で自分の腕をつかんでいる感じがするから。

伊藤 自分の右手で自分の右手をつかむ、みたいな状態ですよね。すごいですね。それはどっちが気持ち悪いんですかね。

猪俣 幻肢が気持ち悪いらしいです。それもVRでテレスコーピングを伸ばしてあげると、「気持ちいい」と言われます。

VRは、ヘッドマウントディスプレイを掛けた状態で、最初に、その患者さんが感じている短くなっているところに映像の手を出してあげます。それを徐々に健側と同じ長さまで伸ばしていってあげる。そうすると、自分のイメージも一緒に伸びてくる。じっと見ていると、5分か10分くらいで一致して、伸びてきますね。それで、「じゃあ、握ってみよう」とやると、「ああ、もうつかんでないです」「元の位置にあります」ってなる。(猪俣さんのVRシステムの動画はこちら)

伊藤 幻肢を直している感じですね。それが有効な方とそうでない方の違いは、どうして出るのでしょうか。

猪俣 皆さん大体は幻肢が少しは伸びてくれます。手のひら付近にまで指先が伸びてくる患者さんもおられます。ただ、VRが終わると、数日から数週間で元に戻っていっちゃうんですけどね。

人による効果の違いは、頭の中のイメージとVRがリンクできるかどうかです。つまり思い込めるかどうか。幻肢が頑固な人は、動かせないと言うことから、幻肢とVR上の腕が別物と感じてしまい効果が出にくくなります。

伊藤 研究の分野としてはどの程度蓄積があるんですか。

猪俣 もう10年以上ですね。臨床まで行っているところはまだ少ないです。

伊藤 足の切断の場合もVRは使えるんですか。

猪俣 足は幻肢痛が少ないんですよね。なので、ぼくらのシステムも上肢だけに今は特化しています。ゆくゆくは足もやりたいなと思っていますが。我々のシステムは、指の動きをより再現させるというものです。いままでのVRの幻肢痛緩和は、どちらかと言うと腕全体の動きを左右対称に出したりするものだったんですが、一番神経が脳を支配しているのは指なので、指を動かすことでより効果があるかなと思っています。鏡療法は、左右対称に幻肢がある方しか対象にならないので、不向きでしたが、デジタル技術を使えば、その人の幻肢の位置にカスタマイズできるので、一歩先に行けますね。

伊藤 VRの効果が定着した例はないんですか。

猪俣 持続はするんです。実験前と実験後で痛みの評価をしてもらうんですが、長い患者さんだと三週間くらい痛みが軽くなります。手が残っているけど、動かない、感覚のない方です。VRの映像を記憶できているので、そのイメージを思いながら、家でもファントム・エクササイズをするんですが、そのイメージがだんだん薄れてくる。そうすると幻肢が動かしにくくなる。継続することで、緩和期間を伸ばしていくことが必要になります。今後はVRのシステムのレンタルとかができたら、自宅でもやっていただけますね。そこまでもっていけたらなと思っています。

痛みの種類

伊藤 さっきのお話に返ってしまうんですが、右腕が鈍いんだけど敏感だというのは、体にとってはリスク、気をつけなければいけないことですよね。それはふだん生活しているなかで意識していますか。

猪俣 意識していますね。激痛が走るので、ぶつけられないですね。肩や腕は、痩せて骨と皮しかありませんので、肩パットやサポーターで緩衝材として付けています。

伊藤 電車よりも車で移動されているのもそのためですか?

猪俣 知覚は、防御反応としてはあった方が良いのですが、敏感過ぎて、硬いものがぶつかると、骨を通じて激痛が走ります。

足先を机の角にぶつけたりすると、後から強い痛いが来るじゃないですか。ああいう感じですね。足って、どの指を触られているか分からないくらい鈍いのに、ぶつけたら痛みがどわーっと来る。

肩関節を固定してあるのですが、上腕骨と肩甲骨を。使える可動域を確保するため、脇を開いた状態で固定してある。席に座った時、手が膝に乗らないんです。反対の手で引っ張って無理やり乗せる、肩甲骨が無理な格好になるため、首、肩周りが痛み出し長時間は引っ張っていられない。肘掛などは本当に苦痛で、力を抜くと押し当てている状態になるので、当たっている骨が痛くなる。腕に緩衝となる筋肉がない分、骨が直にぶつかっているということもあります。パーソナルスペースが人より必要になりますが、他人からはわからない、なんで手を広げてるの?と。電車も混雑時はなるだけ避けるようにしています。

あと、つねられた時の痛みはもうちょっと瞬間的ですが、腕に移行した肋間神経が、腕のあちこちまで伸びてきているので、胸に激痛が来ます。これはつねったという原因のある痛みなので、幻肢痛とは違う痛みです。

伊藤 お話をうかがうと、痛みにずいぶん種類がありますね。

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猪俣 そうですね。分析してようやく区別できたかなという感じです。全て幻肢痛だと思っている場合が多いと思います。痛みの種類を項目別に分けて整理すれば、これは薬を飲むといい、これはVRが効く、ということが分かる。全部が幻肢痛なわけではないんです。幻肢痛はトラウマから来る痛みであり、VRで取り除ける。VRの効果が出ても、まだつねったらすごく痛いといった症状がある場合には、それは幻肢痛ではなくアロデニアに近いということになります。

伊藤 それは観察して初めて分かることなんですね。

痛みは、原因だけでなく、痛みの感覚の質というのもいろいろありますね。前に、その感覚をあらわすメタファーのお話をされていましたね。「血管のなかを砂利が流れているような痛さ」って。

猪俣 健常側で砂利を触れたときに、「おお、これに近い」と感じたんですよね。そこから、この表現が自分の痛みには合ってるかも、と思いました。

伊藤 砂利って何ミリくらいのものですか?庭園に敷いてある玉砂利のようなものですか?

猪俣 大きさはとても小さく、角が立った砂利の上を、グリグリグリっとこすった感じが、腕の中で起こっている感じ。それが手首辺りから指先に徐々に広がっていく。指先までくると、痛みがマックスの状態になって、数秒経つと消えるという感じです。

伊藤 なぜ「表面」ではなく「中」なんでしょうね。「中」に砂利があるというのは経験したことないですよね。

猪俣 「体の中に虫が這っている」と表現する不快感のイメージに近いと思います。自分の中で、自分の意識とは無縁に、筋肉が動いたりすると不快なんだと思います。例えるならと言語化しようとすると、昔の体験の記憶の中から近いものを選ぶ。「火鉢に手をつっこんだ感じ」と言う人もいますが、実際につっこんだことはないわけですが、そうとしか思えないのです。僕の場合は、皮膚感覚が鈍いことと、痛い場所を察っても痛みが変わらないところからも表面ではないと感じているのだと思います。

伊藤 「火鉢」のイメージは、表面的だし、自分の手が痛いという感じだと思うんですが、「砂利」の方は、もうちょっと侵食されて、自分でない異物みたいなものを感じていますよね。「不快感」とおっしゃった感じでしょうかね。

猪俣 すっと消えるので、それと同時にいなくなるイメージなので、いつも異物が・・という感じではないですね。

伊藤 毎回同じ砂利が来るんですか?

猪俣 一緒です。波の時に、それが大量に流されるか、ちょっと大きい粒になるか。砂浜の砂くらいだったら我慢できます。血管の中を流されている感覚は、止血されていて解放されたときの感覚に近く、それに加え、血管を傷つけながら、角ばったものが流れている感じですね。

伊藤 知っている経験を組み合わせて、それに近いメタファーが出てくるんですね。その表現は、共感されますか?

猪俣 波が押し寄せる感じは共感する方はいます。でも砂利がピンとくる方とはまだ出会っていません。

伊藤 痛みとその表現は面白いですね。古い時代の痛みの表現を見ると、宗教観や身体感が表現されていて、痛みって生理的なものであると同時に文化的なものなんだなと感じます。痛みそのものは生理的でも、それをどういう言葉で表現するかで、感じ方や、直すアプローチも変わってくる。痛みと言葉の関係が、すでにかなりVR的ですね。バーチャルなものを通して現実に作用する。

猪俣 よくVRを「成功体験」と言ったりするんですが、ぼくの場合は「思い出体験」と呼んでいます。後天的に切断した人は、たとえば顔を洗うときに、それまでは左右対称に手を使って水をすくっていた動作が、できなくなっている。その体験をVRでさせてあげると、「あっ、手ってこうやってたよね」って昔の体験ができる。そうすると、今まで脳にあったイメージに作用するんですよね。今まで出来ていたことを、もう一度出来るようにしてあげるということが重要です。トラウマを上書きしてあげるというのが、近いですね。

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猪俣 患者さんに、夢みるとき、腕が動いているかとか、生えているかどうかを聞くんです。そうすると、夢の中でも動いてない、生えていない、と言うんです。どんどん上書きされちゃってる。それをもう一度上書きし直して、できないことからくるもどかしさという本当の原因の分からない痛みは取り除いてあげられるかなと思います。

伊藤 「あ、この感じ」というのがあるんですね。

猪俣 「あ、こうやってた」とか、ありますね。懐かしいっておっしゃいます。VR中にマネキンを表示すると、両手で頭洗ったり、肩を揉んだり。患者さんはマネキンに自分を投影していて、背後から自分の体にアプローチしている感覚です。なぜかそれを自分だと感じられるんです。後方から見ていても自分に感じる。離れすぎると単なるマネキンになります。

伊藤 現実を確認することではなくて、過去を確かにとりもどすことが痛みの緩和につながるというのが面白いですね。

猪俣 やっぱり、みなさん悲観的ではないけれど受け入れてはいて、VRをやると「ああ、そうそう」ってなりますね。「できないできない」というのが植え付けられているんですよね。

固定の安心感

猪俣 あと、手がある方で、肋間神経を持ってきた人だと、最初はうまく筋肉の動きを制御できないんですよね。勝手に動いちゃう。あくびやくしゃみで胸に力が入ると、手が動いちゃうんです。でも、最初はそれでしか動かせなかったけれども、訓練すると「肘を曲げろ」とだけ思えば、肘が曲がるようになる。呼吸と分離して動かせる。意識しているのは「肘を曲げろ」なのに、司令が胸に行っているんですよね。

人間の腕の動きって、最初に手先が目的地目指して動いて、それに肘がついていく感じなんですよね。肩、肘の角度から決めていく人はいなくて、みんな手先から決めてる。CGの世界で、キャラクターにアニメーションを付けるときに、「フォワードキネマティクス」というのと「インバースキネマティクス」という二つのやり方があります。制御できない頃は「フォワードキネマティクス」に近く、各関節がどのように動くかを最初に定義する。なので、肩〇〇度、肘〇〇度という感じで決めて行って最終的に目的地に手先を近づける。でも今は、「インバースキネマティクス」のやり方が主流で、より人間の感覚に近い手法。それは最初に手先の位置を決めると、その距離に応じて肘の位置、角度が自動的に決まるんです。

腕を制御できないと、たとえばテーブルに手を乗せていたときに、肘が勝手に動いて手がすべって落ちてしまうんです。それで、重りで手をテーブルに固定してあげると、体を動かしても手の位置が変わらず、肘の位置のみが変化するので、いままでの感覚にすごく近いんです。これを物理的に再現するということもしています。骨が押してくる感覚や引っ張られる感覚が肩に伝わると、みなさん「すごく落ち着く」と言います。

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伊藤 その「落ち着く」は、さっきのVRの「これこれ」というのと近いですか?

猪俣 近いですね、こちらは物理的「安心感」ですね。手が勝手に意図しない方向に動いてしまうフラストレーションは常にたまっているので、位置が固定されると安心できるんです。たとえば右手を膝の上にひっかけてあげて、逆の手で肘を固定し肩から荷重すると、膝を押している状態になりますよね。肘が突っ張れることで固定され、肩や膝に力が伝わるので、落ち着きます。。骨に荷重をかけることは、骨粗鬆症の予防にもなりますね。

伊藤 ただVRのときは力は伝わらないですよね。固定しているときは、力が逃げていないという物理的な確かさがありますね。

猪俣 そうですね、双方からのアプローチが重要と言うことになります。手に重りを乗せると、体のバランスも取り易くなりますね。

伊藤 すごく面白いですね。腕って動作だけ考えていてもだめなんですね。物体としての強度、重さを支えているという感覚が、安心感につながるんですね。

猪俣 タクシーに乗ったとき、つかまる必要はないけど、手すりを持っちゃったりしますよね。寝るときに股のあいだに手を挟んだりとか。この安心する気持ちが、自己制御できないと、感じにくくなる。つながっている安心感ということもあるかもしれませんね。ものに触れ、抵抗がかかることで、手が体の一部だと感じられるんです。

2017/10/11@伊藤研究室にて