鄭 堅桓(チョン ヒョナン)さん

CIDPという難病を抱えるチョン ヒョナンさん。コップをとるにしてもティッシュを渡すにしても、意識してやろうとすると手があばれ出してしまいます。そんな体を、チョンさんは「どもる体」だと言います。チョンさんとお会いしたのは、2月に講師として参加したこまば当事者カレッジにおいてでしたが、そのときから、彼の体の法則性のなさ、それを眺め観察する目線、痛みとの向き合い方、すべてにおいてその深みにすっかり魅了されてしまいました。同時並行で行なっている吃音研究にも大きなヒントをいただきましたし、痛みについては、ウェブ春秋の連載にも書かせていただきました。

Interview & Text by ito asa /   GraphicRecord by shimizu junko


鄭 堅桓(チョン ヒョナン)さんプロフィール

1970年千葉生まれの在日朝鮮人3世です。12年前に慢性炎症性脱髄性多発神経炎発症(CIDP)を発症。元看護師で現在は専業主夫です。在日で難病と障害者といった自分のダブルマイノリティーの特性を生かして時々病院や学校等で話をさせてもらっています。


痩せていく手、痺れと痛み

伊藤 この前「こまば当事者カレッジ」でお会いして、ほんの数分お話しただけだったのですが、チョンさんの体の状況と、それに対するチョンさん自身の関わり方に、研究者としてものすごく惹きつけられてしまいました。

 

チョン 状態としては、筋力がとても少ないです。手で言うと握力がなくて、いい時で、右の握力が20kg、左が13kgくらいなんです〔成人男性の標準的な握力は45-50kg〕。症状としては、全身の抹消に痺れがあります。症状が出た順に強さがあって、右足、左足にはっきりした痺れがあります。それから手に関してはうっすら痺れを感じるくらいです。あとは顔ですね。顔面にも痺れがあって、右半分はほとんどないですが、左半分が痺れています。

EPSON MFP image

伊藤 痺れているイコール感覚がないということですか?触ったときは感じますか?

 

チョン 触られると感じます。いつもジンジンしている感じです。あとは痛みがずっとあります。それと筋肉が痩せていて、僕の場合は、どんなに筋トレしても筋肉自体が復活しないんです。抹消にかけて筋痩せしていて、足底部がもうほとんど筋肉がない感じです。

 

伊藤 進行性でどんどん痩せて行くんですか?

 

チョン 再発する病気なので、2ヶ月に1回は病院に通っています。入院は今は一年に1回、前は2回でした。僕の感覚としては、治療しながらゆっくり下っている感じです。再発すると、握力がだんだんゼロに近づいていってしまいます。背中にいつもだるさがあるんですが、その重さが、いい時は赤ちゃん1.5人分くらい、5kgくらいです。これが再発して、病気が遊びだすと、重さがどんどん増えて、寝ていても上から押されて動けなくなっちゃいそうになる。そうならないように、そうなる前に入院しています。

EPSON MFP image

伊藤 最初に発症したのはいつですか?

 

チョン この病気になってちょうど12年です。病名としては、慢性炎症性脱髄性多発神経炎(chronic inflammatory demyelinating polyneuropathy: CIDP)という舌を噛みそうな名前なのですが、神経を覆っている膜の部分、電線で言うと銅線を覆っているゴムの部分が、はがれちゃってむき出しになっている状態です。患者数としては日本で2000人くらい。症状もひとそれぞれで、一回の症状で治っちゃう人もいれば、僕みたいに再発しちゃう人もいる。その差が診察までの時間や神経の傷つき度合いによって変わってくると言われています。

3.JPG

チョン 僕は当時看護師で、診療所で働いていた時に、往診などをしていると腰がすごく痛くなってきたんです。もともと腰痛持ちだったので、またヘルニアが悪さし始めたのかなと思って診察してもらいました。そうしたら実際にヘルニアが出ていたので、牽引をしたり、薬を飲んだりしていました。でも徐々に痺れや、足の膝が急にカクンとなることが多くなって、走れなくなりました。そういった症状が出たり出なかったりということが続いて、それでもがんばって仕事をしていたんですが、だんだん身体が硬くなってきて、靴下を履くのもしんどくなってきました。上半身に症状がでてきたんです。注射のアンプルカットもきつくなってきました。それで「あれ?」と思って、頚椎を調べたんですが異常がなくて。

その頃、同じく看護師をしている妻が働いている病院に移ることになりました。そこから一気に症状がひどくなって、座っていられなくなりました。仕事中なのに疲れて眠ってしまったり、記録が書けなくなってきたんです。そうしたら、ベテランの看護師さんが、「この手、おかしいよ」って言うんです。筋肉が薄い、って。一度神経内科で診てもらったほうが良いと言われて、受診したら、腱反射がいっさいなかったんです。それで、これは自分の体に異常が起きているんだということが分かって、即入院でした。どんどん自分ではどうにもならなくなり、全身が痛く、なんとかしてほしいという感じでした。ほとんど寝たきりみたいな感じになっちゃっていたんです。

5.JPG

チョン 夫婦ともに看護の仕事をしていて知識があるので、筋ジスじゃないかとか、いろいろ頭をめぐりますよね。だから、その間は一切パソコンには触れないようにしていました(笑)。それで入院していろいろ検査しているうちに、医師どうしでCIDPじゃないか、と聞いたここともない病名を口にしてるわけですね。一度、家に帰ることがあって、そのとき調べてみたんですよね。そうしたら、療法がなく、治らないと書いてあった。それは古いサイトだったんです。それで病院に戻ったら、確定診断がついて、たまたま同じ病気の患者を診たことがある先生がいて、そこで治療ができることになり、いまはとりあえず、限られた治療法のうちのひとつをやっているという感じです。免疫グロブリンを投与する治療でした。一本3万円する薬を60本投与するんです。3万円くらいという値段は知っていたんですが、数年前に保険対象になったと知って、じゃあ大丈夫だな、とかいろいろ考えながらでした。

最初は全然変化がなかったのですが、同時にステロイドも大量にやるんですが、三日後くらいから、体が軽くなって、起きられるようになりました。しびれと手に力が入らないという症状はとれない。ただ、医師の説明では「徐々に治るから」という話でした。異動して来たタイミングで発症したので、焦りがあって、本来なら1、2ヶ月休んだほうがいいんですが、2週間で復帰しました。健康な自分を知っているぶん、「これで大丈夫、行ける」と思ったんですが、家に帰ったとたんにみごとに打ち砕かれました(笑)。

今でも覚えていることがあります。入院しているあいだ、家族もストレスが溜まっているだろうから、と知人が花火大会に連れていってくれたんですね。それでジプロックの袋に料理を入れていったんですが、その袋がまず開けられないんです。ジプロックは今でもだめで、横にひっぱるのがこそばゆくて、全然力が入らない。「なんじゃこりゃ」という感じです。それからつまもうとしてもつまめない。震えで力が入らなかったんです。転倒することも多くて、自分で起き上がれませんでした。痛みもありました。

6.JPG

チョン 入院生活はベッドと平坦なところしかなく、日常生活とはまったく違うんですよね。自分が看護師としていつも患者さんに伝えていたことなんですが、自分がいざ体験してみると、こんなにも落差があるのかという感じでした。自分の体が変わってしまったことにショックを受けました。今考えると、当初は、使えば使うほど、神経自体が生き返るんじゃないかと思っていたんです。脳梗塞で早期リハビリが重要であるように、です。でも全然そこも変わらなくて。神経を傷つけるので筋トレはできなかったんですが、日常生活を送っていくうちに戻るだろうと思っていた。それでどんどん不安になっていって、自分のなかでエスカレートしていきました。

また再発したとき、1回目が効果があったので、治療に期待したんです。ところが何も変わらなかった。それで先生に、「あまり希望を持たせるようなことを言わないでほしい」ということを伝えたら、「今の段階では治るのは厳しい」と言われました。「もしかしたら車椅子生活になるかもしれないけれど、自力で歩行ができたらラッキーじゃないの」と。それで現状維持をしていくことになりました。本当は看護師が、患者さんとリハビリと医者が一緒に話すカンファレンスとかをセッティングしなければいけないところを、ぼくが自分で調整してやっていました(笑)。自分で自分を看護する感じですね。

リハビリは、家族のこともあるし、震えをとめて注射を打てるくらいにはなりたいと思っていてやっていました。ところが、うちの奥さんが変わり者で、最初の入院のときに、僕に「病気になってよかったね」と言ったんんです。今まで、僕は障害や差別の問題と関わりながらいろいろな活動をして、紆余曲折経て看護師になりました。その過程を踏まえて、奥さんは「このぐらいやっとけよ、ということなんだよ。箔がついてよかったね」と。それで、悩みも全部ふっ飛ぶ感じがしました。これに何の意味があるのか考えろ、ということなのかな、と。僕はもとに戻ることを考えていたけれど、家族は「もう治らない、無理だからやめろ」という感じだったんです。看護師になることが、当初の生き方としては目的じゃないんだから、そこに何を見出してるの、みたいな問いかけをずっとされていました。それで、リハビリも、じゃあこの震える身体で生活するにはどうしたらいいか、という考え方に変わりました。

EPSON MFP image

 

法則性のない動き

チョン リハビリの人が困っていたのは、僕の法則性のない動きなんです。右に麻痺があるからここをこうすればよくなる、とか、そういう理屈が僕には通用しないんです。それがすごく悩みのタネになりました。

 

伊藤 その法則性のなさには、手が急に動いたり、といった、不随意運動が突然出るようなこともありますか。

 

チョン あります。足はとくにぴょんと跳ねたり、膝がかくんとなったりします。あとはずっとハイヒールを履いているような感じなので、常にふらついています。手に関しては、左手の人差し指一本で自分の鼻を触ろうと、手が途中でふらふらしてしまい、それ以上近づけません。でも人差し指と中指の二本でやると、ちゃんと鼻を触れます。逆に右手は、人差し指一本だと触れるのに、二本だとふらふらしてしまって触れません。

 

伊藤 えー!法則性ないですね(笑)

 

チョン たとえばご飯を食べるときにも、利き手の右で箸を持つと持てるんですけど、スプーンは持てないんです。でも左手だと、箸も持てるんです。

 

伊藤 不思議ですね。右手で箸を持つときは、箸を開こうとせず、持っただけでふらついてしまう感じなんですか?

 

チョン そうです。

 

伊藤 使おうとすることをイメージすると、震えるということではないんでしょうか?

 

チョン ぼくの場合は、「とろう」とか「やろう」とかいう意識が働くと固まっちゃうんだと思うんですよね。

 

伊藤 そのことと、箸とスプーンの違いがどう関係しているんだろう…

 

チョン そうなんですよね。同じ物を持つ行為自体は変わらないのに、何が違いになっているのか…こういうことは多々あります。

8.JPG

伊藤 指三本で鼻をさわるとどうですか?

 

チョン 三本はダメですね。

 

伊藤 指全部でさわろうとするとどうですか。

 

チョン 全部開いていると、右も左も安定感があって大丈夫ですね。グーでも大丈夫です。細かい動作がだめですね。

 

伊藤 指と指のあいだの腱の連動も関係しているんでしょうかね。

 

チョン たぶんそうだと思います。いろいろリハビリの人についてもらったのですが、7人目の人がとても面白くて、動かすときの伝達物質自体も、人より出たないんじゃないか、と言われました。だから、連動するときの動きに遅れが出たり、いっぺんに情報が送れなくて変な動作になってしまうんじゃないか、と。

昨日、インタビューの質問事項を読みながら、いろいろ試していたんですが、両腕を上にバンザイすることはできるんです。でも下ろせない(笑)。下りないんです。ばたばたしちゃう。でも片方の腕だったら下ろせるんです。上げるのは片方でも両方でも大丈夫です。

 

伊藤 訳がわかりません…(笑)

 

チョン 昨日これを家族全員で腹がよじれるくらい笑ってました(笑)。「壊れたロボット」って。

 

とろうとするととれない——どもる体

伊藤 横から回して下ろすことはできますか。

 

チョン 横でも難しいですね。でも片方だと大丈夫ですね。

 

伊藤 左右差だけでなく、上下の差もあるんですね。

 

チョン 筋肉の痩せ方も関係していると思います。外から内に向かって円を描こうとするとできないけど、内から外だとできます。これは右も左もできます。足でも同じで、外側には行ける、内側に行くのはきびしいです。

 

伊藤 腕を上げるのも遠心的な動きなので、外に行っていますね。神経の問題と筋肉の問題が連動しているんですね。触覚はどうですか。

 

チョン 手はしびれもうっすらとあるだけなので、大丈夫です。足は、足先と足底部はあまり感じません。ただ、ある特定の部分は、それに近いところでも触ると、激痛が走ります。昨日、熱いスープを足にこぼしちゃったんですけど、10秒くらいたってやっと気が付きました。しびれているので、なぞられてもあまり分かりません。指も何の指を触られているのか分かりません。

 

伊藤 謎めいていますね…。

 

チョン もう一つ面白いのは、フライ返しです。フライ返しをただ持つだけならできるのですが、上に魚が乗っていたりする状態だと、にっちもさっちもいかなくなってしまうんです。魚をひっくり返すのが一大作業というか、体ごとやる感じですね。トング使えば大丈夫なんですけどね。

 

伊藤 面白いですね。その「にっちもさっちもいかない感」をもうちょっと教えて欲しいのですが、体に拒絶されているような感じなんでしょうか。

 

チョン そうですね。自分はこうして欲しいのに、そうならない。伊藤先生の吃音の話を聞いて、状態は違うんだけど、「どもる体」というのが、表現として正しいな、と思いました。面白いし、自分も似たような感覚だよな、と。一手が出てくれない。でもスタートすると、ちょっと動きがスムーズになる感じです。

9.JPG

伊藤 なるほど、確かにチョンさんは文字どおり「どもる体」ですね。吃音との違いは、拒絶感の種類かもしれません。吃音の場合は、緊張がぐっと高まって、ブロックされる感じなんですよね。そういう硬くなる感じは、チョンさんもありますか?

 

チョン 症状として強張りはあります。でも、さっき話したような、やろうとして行かないときは、どっちかというと、ちっちゃい子供が言うことを聞いてくれない感じですかね(笑)。固まるという感触はなくて、なんかここで言うことを聞いてくれない、みたいな感じですかね。

 

伊藤 「タガが外れる」感じに近いですかね。

 

チョン そうですね。その感じですね。

 

伊藤 緊張はなくて、勝手に動いちゃう感じですね。

 

チョン そうですね。あれ?っていう感じです。

 

伊藤 おっしゃるとおり、吃音みたいな現象は、全身のあらゆる場所で、神経と筋肉のバランスで起こりうることですよね。

ひとつ気になったのは、ターゲットが大きいときのリーチはどうですか。たとえば、どこでもいいから壁を触る、というような場面です。

 

チョン それも、意識してとるかとらないかの問題で、大きさは関係ありません。自分のなかで、「ものをとらなきゃ」とか「わたさなきゃ」と思うとできません。たとえば近くにあるティッシュを取ってと言われて、ぱっととることはできても、相手に渡せないんです。手がティッシュを離してくれないんです。でも、相手がとってくれると離れます。自分からは渡せないけど、手を出してくれると大丈夫。

EPSON MFP image

伊藤 面白いですね…。うまく協働作業の文脈に入って、動きの主導権を相手にアウトソーシングできると、渡せるんですね。「取って」と言われていれば取れるのも面白いですね。

 

チョン そこにティッシュがあることがわかっているので、パッと取れます。頭の中で指示を出すとストップしちゃうんで、それで「逸らす」という方法になったんだと思います。

 

伊藤 手拍子はできますか

 

チョン できますね。大きい動作は大丈夫です。指一本だと厳しいですが。

 

伊藤 なるほど。リズムは問題ないんですね。

 

チョン 動作に対しての震えなので、振戦ではなく失調ですね。

 

サンドイッチの具が飛んで行っちゃう

伊藤「逸らす」方法について、この前、「見ない」というやり方について教えていただきました。たとえばコップをとるにしても、いったん見てそこにコップがあることを確認したあとで、あらためて見ないで手を伸ばすととれる。その方法はどのように見つけたんですか。

 

チョン 病気のイメージを自分で考えると、交通渋滞というか、断線が起こっていて、いろいろな指令が滞っているのであれば、情報量を減らせばうまくいくのかな、と思ったんです。リハビリでも「見ないでやる」方法をためしました。

 

伊藤 その場合、見てはいないけど、取ろうとはしているんですよね。そこが不思議ですよね。

 

チョン そうなんです。強い意識が働いたりすると止まっちゃったりしますね。

 

伊藤 こうやってしゃべりながら、ふいにアイスコーヒーを飲む、というのは大丈夫そうですもんね。

 

チョン 全然大丈夫ですね。取る、っていう意識がないので。

 

伊藤 目で見ない以外に、意識しない方法はありますか。

 

チョン あまりないんですよね。いちばんは「意識しない」「一生懸命にならない」が重要です。

 

伊藤 「見ないで取る」という方法は不思議ですよね。必ずしも意識しないことになっていないような気もして…。見ないと余計に動作を意識しちゃうこともありそうですよね。

 

チョン そうですね。包丁だと、包丁を一度爪に当てながらだと上手くいく、というのがあります。この場合は安定感が増すからですかね。でもたぶん知らない人がみたらびっくりするような切り方だと思います(笑)

 

伊藤 コップを左手で持った状態で、そこに右手をリーチするとどうですか?

 

チョン 行かないですね…。でも、意識しないとできます。

 

伊藤 なるほど。でも、けっこう意識してますよね。今の話の流れのなかで、意識しないバージョンを実演することができるっていうことは。

それとさきほどのフライ返しの話は、何もない状態で「返さなきゃ」と意識するのと、何かが乗っている状態で「返さなきゃ」と意識するのが違うということを示していますよね。意識の仕方が違うんでしょうね。

 

チョン 筋力がないので、重さがかかれば安定するので、通常はやりやすいはずなんですよね。でも関係ないんです(笑)。返せないんじゃなくて、やり方を忘れちゃったという感じなんですよね。握力も、握れないんじゃなくて、握り方を忘れちゃったという感じ。

 

伊藤 なるほど。スプーンで料理を取り分けるような作業はどうですね。

 

チョン いまくらいの状態なら大丈夫です。調子が悪くなると、ごはんをたべるのも疲れちゃいますけれど。

あと、サンドイッチやハンバーガーは、ぎゅーっとつぶして硬くしないとダメですね。そうしないと物が手から踊るようにして飛んでいくんです。パンがふわふわしているんで、手が暴れ出して、飛んで行っちゃうんですよ(笑)。

 

伊藤 そうか、サンドイッチを食べるって結構複雑な動作なんですね。柔らかいものを柔らかく抑えながら、でもしっかり挟まなくちゃいけない。

 

チョン 意外とそうなんですよ(笑)。経験してみて分かりました。

 

伊藤 本のページをめくるのはどうですか。

 

チョン 苦手ですね。細かい作業は苦手です。

あと、感覚的なことで言うと、足が自分で思っているほど上がっていないことがありますね。階段を降りるときにうまくいかなくて、左が降りてくれないんですよね。手も、何かを渡そうとして、思ったところに届いていなくて、ぶつかったり落としたりすることがあります。細かい微調整ができないんですよね。ぷるぷるしちゃうんで、「こんにゃく人間」って呼んでます。それが調子が悪くなると硬くなって重くなる。ストレスがあったり体調を崩したりすると、硬く、重くなりますね。ズボンをあげられなくなったり、おしりをふいたりするのも大変です。動きはできるんだけど、力が入ってくれない。押し当てられないんです。

10.JPG

伊藤 吃音の人だと、直前で別の単語に言い換えるということをします。意図と体を一瞬切り離して、緊張を無効化するような感じです。チョンさんはそういうことはありますか?たとえば、コップをとりたいときに、直前まではとなりにあるスプーンをとろうとして近づいてき、直前で目標をコップにすり替える、というような。

 

チョン それは僕はできないですね。目標のスイッチを切り替えるということはできないです。

 

伊藤 なるほど。目標を曖昧にする、ということはありますか?たとえば、「コップをとろう」じゃなくて、「このへんに手を伸ばそう」みたいな感じで。

 

チョン それはあるかもしれませんね。考えないのが一番ですね。

 

伊藤 チョンさんは、「〇〇しよう」と考えちゃっても、すぐにその意識をオフにできますよね。吃音の人は、その意識を切れないんですよね。だから言い換えのような、体をはぐらかすようなアプローチが有効になります。

 

チョン そこはコントロールできますね。でも、コーヒーカップを運ぼうとして手がぷるぷるしたときに、止めなきゃ止めなきゃと思うと、震えが止まらなくなりますね。

 

伊藤 なるほど。その震えのなかに、挑戦する感じはありますか。もうちょっとこっちに持って行ったら震えがおさまるんじゃないか、思考錯誤するような。

 

チョン それはないですね。

 

伊藤 意識と体の関係って本当に計り知れないですよね。「うまくいかない」にも、ものすごくいろいろな種類があるんだなということを感じます。吃音と似ているけれど似ていないところもあります。吃音の場合は、意識しちゃったら準備できないけど、連発のなかに無意識の試行錯誤が混じることはあります。あと、吃音は学習があって、一度言えた単語は、その直後であればスムーズに言えることが多いです。たいていは、しばらくするとまた言えなくなりますが。

 

チョン 動きに関しては、最初の一歩が出れば、そこから先はスムーズということはありますね。一回休んで、一歩がでればあとは大丈夫。

 

伊藤 ああ、それは吃音もそうですね。流れにのればあとはいける。最初のキューを出すところが問題です。

 

他者の曖昧な動きで体が暴れ出す

伊藤 お金の支払いはどうですか。

 

チョン 小銭を掴むのが苦手です。苦手というか、できないです。お店によっては、店員さんがびっくりしちゃって、受け取るのも渡すのも難しくなりますね。

 

伊藤 店員さんによって、お釣りの渡し方も違いますからね。レシートを下に敷いてその上にお金を乗せる人もいれば、客の手を下から支えて乗せる人もいて。

そういう微妙な共同作業の場面ってライブ感があがるので、難易度があがる気がします。吃音も、会話という共同作業のなかで起こるエラーなので、親しい相手でも間合いがつかみにくい人だったりすると、どもってしまうことがあります。

 

チョン そうですね。しっかりやってほしいです(笑)。くれるかくれないかのような感じだと、安定感がなくなってきちゃいますね。いつも杖を持ち歩いているのは、まわりの人に分かるようにするためです。体には機能していないんですね。

あと道などで、だれかと体が触れたか触れないかのような状態になると、暴れだしちゃうんです。人がすーっと通って行っただけで、磁石のN極とS極みたいにひっぱられちゃう。それをなんとか止めるために杖は使えます。

12.JPG

伊藤 変な表現になりますが、自分としては意識していなくても、体が意識すると、反応しちゃうんですね。

 

チョン そうなんですよね。体で感じるだけで増幅されちゃうんです。杖はそういうときだけに使って、握力もないので疲れちゃうし、楽な道具ではないです。

 

伊藤 意識には顕在化していないような動きレベルでも思い通りにならない、ということが起こるんですね。

 

チョン そうです。こっちに進もうとしているのに行かなかったり、足がばたばたしちゃったり。あれ?っていうことがありますね。

 

伊藤 そういうときは、ちょっと待っていると落ち着くですか?
チョン 最初はパニックでしたね。でもそうするとどんどんひどくなっちゃうんですよね。子供が小さかったので、僕の体が暴れ出すと、妻が「スイッチを押せ!」って言うんですよ。そうやっていたずらされているうちに、気が紛れて、落ち着いてくるんです。今はパニックということはないですが、最初はそんな感じでした。暴れる状態は、続いても数秒です。

 

伊藤 すばらしい奥さんですね。しゃべるのは問題ないですか?

 

チョン しゃべるのは大丈夫です。ただ、顔面に麻痺があるので、大きい飴玉は口の中にとどめておけません。夏場に、暑いので氷を舐めていたら、喉のほうに入ってしまって死にそうになりました(笑)。一昨年入院したときに検査してみたら、やっぱりちょっと弱いということが分かりました。一気飲みをしないほうがいいようです。舌も動かし方がふつうの人より不規則で、ぷるぷると暴れ出しちゃう。

あと、僕、たぶん分からないと思いますが、声が上ずっているんですよね。自分に聞こえる声が高いんです。これが最初すごく嫌で。病気になったときは、まわりに変な風に聞こえてないか気になって、しゃべらなくなっちゃいました。ビブラートかかってますね(笑)

 

伊藤 しゃべるというより声に関して影響があったということですね。

 

チョン 昔は人工呼吸器をつける人もいたんですが、私の場合は現状の問題は舌だけなんですよね。でも、食べることは変わらずできています。

 

伊藤 その感じは寝不足のときにまぶたがピクピクしちゃう感じに近いですか?

 

チョン あ、そうですね。あれが日常的にピクピクしている感じですね。あれもまわりには分からないですよね。でも僕の中ではずっとピクピクしているんです。

 

伊藤 それはかなりうるさい感じですね。

 

チョン そうですね。イライラするときもあります。今はだいぶ鈍感になっちゃってますね。

13.JPG

伊藤 痺れていない部分で動作をすることは問題ないですか。たとえば肩や肘でドアを閉めることは問題ないですか。

 

チョン それは普通にできますね。意識してもできます。

あと主治医がこだわっていたのが、小脳梗塞の人に有効な「ハンカチ歩行」っていうのがあるんです。2人がハンカチの端を持った状態で歩くと、安定した状態で歩けるんですよね。バランスが取れるんです。僕も、それをやると結構効果があるんですよね。体が安定してるけどふわっと軽くなった感じで、歩くのが楽になったんです。だから、頭の問題なのかもしれません。

 

伊藤 それは棒じゃだめなんですか?

 

チョン ハンカチじゃないとだめなんです。

 

伊藤 ハンカチの微妙なテンションのかかり方がちょうどいいんでかね。手はどうですか?

 

チョン 手はバランス悪いですね。

 

伊藤 パソコンはどうやって打っていますか?

 

チョン 二本指でやっています。あとスマホは使えないので、いまだにガラケーです。タッチパネルが、僕の指だと反応しないことがあるんですよね。病気と連動しているのかは分かりませんが。あとは目標に定まっていかないので、面倒臭いですね。

 

チョン あと、足も、自分で思っているほど上がっていないことがあって、階段を降りるときにうまくいかないことがあります。左が降りてくれないんですよね。あとは、何かを渡そうとして、思ったところに手が届いていなくて、ぶつかったり落としたりすることがあります。細かい微調整ができないんですよね。こんにゃく人間って呼んでます。踊り出しちゃう。それが調子が悪くなると硬くなって重くなる。ストレスがあったり体調を崩したりすると、硬く、重くなりますね。

 

体が自分のものになるまで

伊藤 痛みや痺れは変化しますか。

 

チョン 変化します。夏場は焚き火を燃やしているところに足をずっと突っ込んでいる感じで腫れています。イメージとしては熊みたいな足になっているんじゃないかと思って、最初はよく確認していました(笑)。冬は、血流が悪くなるのもあって、爪の中を針でチクチクされている感じですね。全部の指をチクチクされています。電気が走るような感じで、歩くために踏み込むと、ときどき痛みが広がります。

そうした症状じたいは変わらないんですね。でも、自分が変わっちゃった。全然、鈍感になっちゃいましたね。こまば当事者カレッジに行って、そういうふうな表現になりました。それまでは言葉にできなかったんです。

当初は「震えはどうでもいいから痛みだけはなんとかしてほしい」という感じでした。病気で死にたいと思ったことはないですが、この痛みから逃れられる方法が死であるならそれでも構わない、と思うこともありました。夜も辛くて寝られず、家族を起こして、「足を切ってくれ」と頼んでいました。

14.JPG

チョン 薬などいろいろ試したけど、全然効き目がないというところにきて、同時に人前でしゃべる講演の機会を与えてもらったんですよね。今も基本は専業主夫なんですが、その頃から学校などでときどき話すことがあります。そういうことをやり始めてから徐々に、痛みを抱えていても、痛みのせいで何かができないんじゃなくて、これがあってもとりあえずできることがあるんじゃないかなと思い始めました。

前は、この状態のせいで子供には辛くあたることがあって、たとえば体が暴れ出しちゃうので何かしているときに後ろを通るな、と強く言ってしまったりしてたんです。病状が悪くなると、イライラのオーラが出てるので、家族が口をきかなくなってしまう。いまの状態になるまでに、8年くらいかかりました。体がようやく自分のものになったという感じです。

 

伊藤 体との距離感と痛みが関係しているのが面白いですね。

 

チョン 最初は、これはもう自分じゃない、自分の体はこうじゃない、という感じでした。前の、病気じゃない自分を知っているわけですよね。それを考えると、この痺れが一生続くと思うと、わーっと爆発するような感じでした。自分はそうしたくないんですけど、健康だったときの自分の体が、勝手にそういう動きになっちゃうんですよね。コップなどを取ろうとする動きも、そうだと思うんです。自分では取れるはずなのに取れない、自分の体じゃないんだと受け入れられない感じです。なかなか向き合えなかったですね、戻りたいという一心があると。

 

伊藤 自分の体が自分のものでなくなるという感じは、吃音と似ていますね。ただ吃音は小さいころからなるので、「前の自分」というのはないんですよね。チョンさんはそれがある分、辛いですね。

それが講演をするようになって、体を取り戻すという和解のフェーズに行けたわけですね。

 

チョン しゃべることで、伝えるというよりも、自分と向き合う機会を与えられた感じです。痛みってすごく孤独感があるんですよね。だんだん「どうせおまえにはこの痛み分かんないんだよ」という感じになってくるんですよね。自分だけが、この痛みを抱えている、と。でもだんだん、子供の盗癖が出たりして、ぼくだけが痛みを抱えているんじゃないということに気づいたんです。家族の中で、何か変化があったことで、みんなそれぞれ痛みを抱えながら、小さいながらも自分なりに進もうとしているのをまじまじと感じさせられたら、なんだろう、この「自分だけ」みたいなやつは、と気づいたんです。

ただ、体を騙しているわけではないんですよね。我慢って結構大変じゃないですか。痛いの我慢してしゃべらなきゃ、ということはしないです。ただ、一定の周期で、2、3日の間疲れて寝込みます。痛いものは痛い、と言える場所が確保できていることはとても大事だと思います。気合いは入ってないよ。精神論だけじゃない(笑)。

15.JPG

「献身」でも「つっぱね」でもなかった家族

チョン 先月、熊谷晋一郎さん編者の『みんなの当事者研究』の出版記念イベントで、慢性疼痛の患者には献身的な看護は効果的でない、という話がありました。それを聞いたときに、なんか頷いちゃったんですよね。病気になって、優しくされた記憶がないんですよ。かといって、じゃあ厳しくすればいいかというとそうでもない。たとえば「おまえは全然分からないだろうけど、足が痛いから切ってくれ」みたいなことを言っても、奥さんは、あんまり強い言葉を返してくれなかったんです。何も言わない。そうすると何が起こるかということ、自分が言った言葉が自分に跳ね返ってくるんですね。「そうは言ってるけど向こうは向こうできっと辛いことがあるはずだ、何なんだろう自分は」って、どんどん返ってくる。

確かに子供に辛くあたっていたりすると、奥さんが「それはないんじゃないの」って言ってくるんですけど、病気に関しては、特にこうしろああしろというのはなかったんですよね。かといって、厳しかったというとそうでもない。そういう意味で、自分に問われる、真剣に体と向き合える、という状況がありました。できないことを考えてふさぎこむんじゃなくて、今できることは何なんだろうと考えたら、いろいろ物事が動き出して、外にも出られるようになりました。人は人を介してしかいろいろなことが生まれないし、同じようなことのつながりができてきました。そこで自分の痛みと向き合う姿勢が変わってきました。

痺れも、痺れているんだけど、長く座っているとさらに別の痺れが生じて、痺れの二段構えになるんです。痺れてるのに、さらに痺れる(笑)。そういうのも笑えるようになりましたね。何で俺の体はこんなふうに無規則なんだろうって。他の人にも、どう、ぼくの体面白いでしょって言えるようになった。そんな感じに今はなれています。

16.JPG

伊藤 チョンさんのそのスタンスが、とてつもなく面白いです。痛みとの付き合い方が分かってきたことと、体との距離感の変化が連動しているわけですね。痛みって、おっしゃるとおり、非常にプライベートなもの、自分にしか分からないものだと思いがちだし、実際にそうですよね。でも、それを単に「分かって欲しい」というわけでもないんですよね。

 

チョン そうなんですよね。それに対して家族が「大丈夫?そんなに痛いの?」って献身的にマッサージしたりする感じではなかった。かといって突っぱねられたわけでもない。僕自身が、前の状態に戻ろうとするところを、家族が「いやそれは無理でしょ」って諦めてたんですよね。がんばって社会復帰するような応援モードではなくて、今の体を受け入れろという感じでした。

あとは最初に「病気になってよかったね」と言われていたことが僕にとって良い意味で縛りになっていて、「そうならなきゃな」と思っていた。本当に薬ではなく言葉に救われていました。子供にも、「お父さんは病気になって大変だけど、かわいそうな人じゃないから」と話しています。だから、あなたたちも、かわいそうな家族じゃないんだよ、と。そうしたら小学校4年生のときに、それがどういう意味かずっと考えていた、と子供に言われました。仕事もうばわれて、体も不自由なのに、何でそんなこというのか、と子供は考えていたようです。もちろん大事な薬もありますが、病気のなかで言葉というのがぼくには大事ですね。

 

伊藤 生活のなかでご自分でどんどん当事者研究をされていった感じですね。薬より言葉という意味では、もともと本を読んだりするのが好きだったですか?
チョン そうですね。病気になるまえから、もともと在日朝鮮人で差別も経験してくるなかで、筑紫哲也さんの頃のNEWS23でべてるのことが扱われていて、べてるの生き方に関心を持ちました。カウンセラーの資格を持っていたのですが、当時は「幻聴の人に話しかけてはいけない」というような考え方があり、「なんで?」と思っていました。あの人はあの人の世界でしゃべっているんだから、会話したっていいじゃん、って。わりとずっとそういうところを追求してきたので、べてるの生き方に違和感はなかったです。看護師になりたいというよりも、人と体と病気を同時に学ぶことがしたかったんですよね。その前にオーストラリアでボランティアをするとき、奥さんには「あなたは反発してすぐ頭にくるから医療の現場は合わない」と反対されたんですが、逆にこういう性格の人が医療従事者になると面白いのかなと思いました。看護師の面接でも反社会的・反抗的すぎるから向いてない、という理由で2回落とされましたね。

 

伊藤 やっぱりチョンさんの人間性が面白くて大好きです(笑)。でも、そこまでうまく「研究」できる人がすべてではないと思うのですが、同じ病気の方とお会いすることはありましたか。

 

チョン それがまた僕の場合めんどくさいところなんですけど…2回ほど患者の集まりに参加したんですが、どうしても聞き手になっちゃうんです。僕は僕で悩みがあったりするんですが、吐露できなくて。あと、妻がよく講演で言うんですが、「難病の家族」じゃなくて「私」でありたいんですよね。最初に「病気」がくることに違和感があって、まず「私」があり、それが病気は抱えているという関わりがしたい。在日朝鮮人であるということも関わっていて、悩んでいることが病気でなかったりもするんですよ。そうすると患者会でなく、全然違う場所、たとえばこの前の「こまば当事者カレッジ」のようないろいろな人がいる場のほうが良かったりします。そういうことをずっとしていたような気がします。

病気も、精神科だったりアルコール依存症だったり、固定化されているんですよね。そうじゃなくて、どんな人でも当事者だと思う人は来ていい、というのがよかったです。あとは精神科だけでなく、体のことも扱っているのが、自分を知る上では勉強になるなと思いました。楽しいですね。

 

伊藤 そうですね。障害の種類でまとまるのも一つの方法だけれど、その垣根を超えて集まるのもいろいろな発見がありますよね。

 

チョン いまは専業主夫で5時に起きてお弁当を作ったりしていますが、社会から切り離される不安は最初からなかったです。でも、自分がなりたいようにできないのかな、という不安はありましたね。自分中心ですね(笑)

 

伊藤 でも常に体と対話してますよね。

 

チョン 僕の場合は病気が安定しないので、自分で判断するしかないんですよね。

 

 

 

2018/2/22 綱島の喫茶店にて